side N act 01

『ノルティさん、本気で行くんですね〜?』
「行くわ。決めたからね!」

薄暗く、大きな本棚に囲まれた部屋の床に描かれた魔法陣。その上に1人の少女が佇んでいる。


『アヴェイロさんに聞いたら万事解決じゃないですかー、あのロンゲ野郎に~』
「……兄様は絶対教えてくれないもの」


ヘッドセットから聞こえる女性の提案に、少女はむぅ、とむくれる。
兄がそのことについて、絶対に口を割らないという事は理解していた。


「はあ〜もう分かりましたよ! いくらこの天才☆魔法使いルビーちゃんでも、転移に+時空までオプション付けたら持って2時間ですよ〜?それまでに帰ってきてもらわないと、ルビーちゃんがアヴェイロさんに八つ裂きにされます」
「わ、分かってるよっ」


行きますよ〜、と声がかかり魔法陣が妖しく光り出した。
目を瞑って急降下する感覚をやり過ごす。
嫌な浮遊感は一瞬で、すぐにどこかの地に足をつけた感覚がした。



《『ノルティさん、聞こえますか? 生体反応よし。お疲れ様です、無事到着しましたよ』》

耳元のヘッドセットから聞こえる声に、目を開ける。そこに広がるのは、賑やかな市街地の風景。




《『座標位置確認。年表合致。ようこそ、14年前のオラクル船団3番艦ソーンへ!!』》










《『案外フツーにロビーに入れましたね〜 一応ノルティさんアークスですけど、未来のことですからねぇ〜。ガバガバすぎやしませんかコレ』》
「うん、ちょっと拍子抜けだけど…アークスって常に人手不足って聞いたし、この時代もそうだったんじゃない?」
《『時系列的には地球でのごたごた辺りでしょうね、あ! 分かってると思いますけど、過去干渉はダメですよ? そこまでリソースないです』》
「分かってる」


機械が進歩しても、内容はあまり変わりないようだ。戸惑いながらもアークス検索に、名前をタイプする。速まる鼓動を抑えながら、決定キーを押した。すると表示された名前に息が詰まりそうだった。


レイリア・アフォンソ


《『当たりですね〜、登録日は今から3ヵ月前で? お、所属チームありますよ』》
「特殊C支援小隊…」

検索データベースから視線はチームルームが集まる区画へ移動する。
すると、ブロックの扉が開き、誰かが出てきた。

《『ノルティさん顔伏せて!!』》
「!?」

耳元から大声がして、反射的に顔を下に向けた。
すると、すぐ後ろを同じ年くらいの少女が市街地の方へ歩いて行く。


「ルビー、どうしたの」
《『いやー、生レイリア見ましたよあんなに顔そっくりなんですね、瓜二つじゃないですか!』》
「えっ! 居たの!?」

追いかけようとするノルティをルビーが止める。今の段階で彼女に会うのは改竄となってしまう、と。
今回の時空転移の目的は、あくまで彼女の周りの人間に評価を聞くこと。本人との邂逅ではない。

《『レイリアさんの性格を知るなら、手っ取り早くチームの方々に伺ったら宜しいかと』》
「うん、そうだね…」

チームに所属していないアークスにもチームルームを開放、と書かれている欄を見て頷く。
時間は限られている。本人は今から留守にするようだし、チャンスだ。
小さく頷いて、チームルーム区画へ足を向けた。





《『生体反応なし。今は誰もいらっしゃらないようですね〜』》
「良かった…」
《『良くないですよ! 誰かにエンカウントしないと来た意味ないですからね!?』》
「う、 そうだけど…!」


チームルームの扉の前であと一歩が踏み出せない。さっき廊下ですれ違ったキャストの男性はとても厳ついし、変な赤黒いオーラ出してるアークスもいたし(どうやらユニットと呼ばれる防具の一種らしい)。最前線で闘うからか、全員が殺気立っているように見えてしまう。

(コレットの領邦軍よりも強そう…当たり前か)

アークスに対して良い印象は全くなかったけれど、登録してから捉え方は大きく変わった気がする。でも、母が豹変したようにアークスを罵倒する光景を目の当たりにしてから、くすぶったままだ。わたしたちの住む惑星を助けてくれたのは他でもないアークスだというのに。


《『とりあえず、チームルームに入って、名簿でもなんでも確認しましょうよ。』》
「うん………! うわぁ!」


チームルームに転送されると、そこは大きな船だった。
大きな船が、森林に繋がっている。小鳥のさえずりと、暖かい木漏れ日が実家の裏手の森を連想させた。


《『あそこのリリーパ族に聞くのがいいのでは?』》
「生体反応ないって言ったじゃない…!」
《『いや、あれはダミーみたいなもんですよ、機械的といいますか。とりあえず聞いてみて下さいな』》


恐る恐る話しかけると、リリーパ族はこちらに隊員名簿を差し出した。
受け取って礼を言い、確認すると下の方に該当者の名前を発見する。


《『やはりここのチームで間違いないようですね~ あ、ちょいと調べてみましたらイマココ、惑星ナベリウスの森林だそうですよ』》
「ナベリウスって、あの熊がいたところよね…」
《『あぁ、"ロックベア"ですね~。アレで躓いてたノルティさんほんと何でアークスになれたんですか?』》
「そ、そんなのわたしが知りたいよ!」


名簿をカウンターに返し、もう一度振り返ってチームルームを見渡す。
すると、船の真ん中に大きな樹が立っていた。


「なんだろう、これ…暖かい感じ」
《『ん~、フォトンツリーというやつですね。いろんな加護を与えてくれるみたいですよ』》
「加護……女神様みたいな?」
《『もっと即物的な意味合いだと思いますケド。オラクルにはそういや信仰とかあるんでしょうかね~ 興味ありませんが』》


そんな調子でぐるぐると物色する。
倉庫と呼ばれる機械を見てみたり、停泊地である森林の丸太の上に登ってみたり。


《『ノルティさん、目的忘れてません?』》
「覚えてる! でも、今はほら人がいないし…ねっ」

たんたんっ、とリズムよく階段を登ってフォトンツリーのふもとまでやってくる。
すると、奥のバーから誰かが話す声がした。



「そうよねー、お仕事ばっかりじゃ息が詰まっちゃうもの」
「たしかに、それだと身体が持たんよなぁ…メリハリがしっかりしてるのな、いいことだぜ」


反射的に死角になるエンブレムの陰にしゃがみ込む。
さっきまで爽やかな風に包まれていたのに、一気に冷や汗が噴き出してきた。
小声でヘッドセットに向かって抗議を漏らす。

「ちょっと! 人がいるじゃない! 居ないって聞いたから今来たのに!」
《『まぁ、そういうこともあります…ってそれが目的でしょ!? 頑張ってくださいよ!』》

声はふたつ、おそらく男女。
バーは壁を向いて椅子が並んであるから中央のこちらには背を向けているはず。
そう思い、隙間から覗いてみると、案の定ふたつの背中が見えた。

「ロウさんもそういうタイプでしょ? 表面的には見せないけど」
「まっさか、俺は真面目に働いてたらぶったおれちまうぜ? 」
「またまたー、他の人に真面目なトコを見せないだけでしょ?」
「俺は基本的には不真面目なんだがねぇ」

《『ノルティさん、逃げれます?』》
「バーの方にいるみたいだから、反対側を通っていったらいけるかも…?」

そろりそろりと、忍び足でカウンターの方へ回る。
すると、こちらに気が付いたリリーパが元気よく声を掛けようとしたので、全力で首を振った。そんなのすぐバレる。こちらの必死の動作が伝わったのか、リリーパは首を傾げ、何も言わないでくれた。

《『くれぐれも、改変改竄だけはしないように! いいですね!』》
「分かってるってば!」

今は穏便に、何事もなく、出来れば関わりもなくこのチームルームから出ることが最優先だ。やっぱりこのやり方には無理があったのだろうか。でも、そんな生半可な覚悟でここにいるわけじゃない。失敗したら元の時空列には戻れない。そういう危険を冒してでも、わたしはここに来ているのに。


「そういえば、チームルームが前は海だったじゃない? 今は森に来たけど見回ってみた?」
「きっちり森林浴はしてたぜ? 森林浴の感想は…あっちでコソコソしてるヤツにでも聞いてくれ」
「コソコソ?」


男性が掲示板近くにある椅子……つまり、わたしが今隠れている場所を親指で指しながらそう言った。それにつられて女性がこちらを振り向いて辺りを見回している。
もうバレバレだと分かり切っていたけれど、どうしようもなかった。
ヘッドセットから聞こえる『や~ん、見つかっちゃいましたか~!ノルティさん、頑張ってくださいネ☆』という全く困ってなさそうな声に怒りを感じながら、わたしは硬直するしかない。


「ほら、頑張って隠れてるそこのかわいい子だぜ」
「あら、迷子…かしら?」
「よっ かくれんぼの練習中だったか?」

小さく唸り声をあげながらじり、と後ろに下がる。
傍から見たら威嚇している子猫そのものなのだが、本人にそんな自覚はもちろんない。

《『迷子! ノルティさん迷子説で行きましょうよ』》
「えっと……そのようなものです…」

女性が訝し気にこちらを見る。男性は首を傾げた。
小声でルビーと話していることにあっさりと感づかれたらしい。ルビーの声はヘッドセットを通してわたしにしか聞こえないけれど、わたしの応答は小声とはいえ声を発しているから、内容が聞き取れなくても話していることは悟られてしまう。

《『あ、ていうか顔隠さないで大丈夫ですか? 結構あの人と似てますよ?』》
「……」

似てるもなにも、会ったこのとのない人だ。そんなの知るはずがない。そういう意味で沈黙したら《『それを確かめに来たんでしょー? わざわざわざ!!』》と暴れる声がする。

「なんか迷子にしては不自然な感じね」
「たしかに、誰かと通信してるようにも見えるし…それにアトリも初めて会うと、何者かねぇ」

わー! 小声で話してるよ、どうしようこれ通報とか、連行とかあるんだろうか。内緒話は怖いからやめてー!

《『男の方がロウフルさん、女の方がアトリウスさんですね。それぞれ遠距離武器と近距離武器の使い手…近づいても刺される、背中を向ければ射殺される! ノルティさんこれ詰んだ詰んだー♪ですよ』》
「楽しんでるよね!? もういいよ、この人たちに聞くもん!」

キリッとふたりの方を向く。
すると、男性がやれやれと肩を竦めながら「さて…お話はまとまったか?」と聞いてきた。完全にこちらは読まれている。だったらもう直球だ。自暴自棄と書いて直球と読むんだ。


「ここのチームに、レイリアという人が所属している…と思うのですけど、どんな方なのでしょうか……!」


「ふむ、レイがどんなヤツか…ねぇ」
「レイリアさん? あの子の知り合い?」

突然名前が出たチームメンバーにふたりは首を傾げる。
いささか直球過ぎたかもしれない。《『流石! 名乗ってもいないのにイキナリ中身ブツケテくるあたり流石ですよ!』》という声は聞こえなかったことにした。

「えっと、名前とかそういうところから… 知りあいって感じではない…と思います。現段階では…名前とか、性格とか、家族とか。そんな感じのが、知りたいのです」
「えらく細かく知りたいのな、特に家族の面は情報を探しまくれば見つかる気もするが」
「教えてもいいけど… 聞いてどうするのかしら?」

返答に詰まってしまった。
聞いて、それからどうするのか。明確な答えが出ている訳ではない。正しく言えば、”分からない”である。

「知りたいんです、その人のこと」
「知りたい、ねぇ・・・それからどうするんだぜ?」
「その人はわたしに大きな影響を与えてる人らしいので。 どんな人なのか知りたくて。ただそれだけです」

堂々巡りになった会話に女性が「うーん、嘘を言ってるようには思えないけど、話が抽象的過ぎてイマイチ掴めないわね…」とぼやいた。男性も「たしかに嘘は言ってなさそうだが…んー 」と、話は平行線。全く進まない。

《『ノルティさん、埒があきません。まずイニシャルでいいですから名乗って、ちゃんと言いましょう レイリアさんのこと』》
「うん…。わたしのことはNと呼んでください。詳しくはその、ごめんなさい。言えないんです。」

目線を下にずらしながら、名乗る。「ワケアリ、ねぇ…」と不信に思う視線がこちらを見ているのがはっきりと分かった。それでも、名乗ってしまったら改竄の可能性も出て来る。それは絶対に避けないといけないことだ。


「レイリアと言う人はおそらく、レイリア・アフォンソという名前だと思います。でも… そんな人はアフォンソ家には居ないんです。」


「レイリアさんのところ、大きな家柄って聞いてたし、親戚か誰かかしら?」
「あるいは、親が心配になってレイの様子を探るように言ったのか・・・だな」

小声でなにやらやり取りをしたふたりは、こちらを向く。男性がふと思い出したように言った。

「喧嘩同前でここに来たって言ってたし、本格的に勘当されちまったか?」
「いえ、家系図に名前が載っていないんです。そもそも存在していない人なんです」

その考えを即座に否定する。存在そのものが消えていたのだ。
消えていた、のではない。元からないものとされていた。

「他は…レイは隠し子だったとか?」
「隠し子……? 現当主、じゃない次期当主は平民の妾との間に産まれた子です。それは周知の事実でしたし、そういった場合も家系図には書かれます。貴族は血筋を何よりも尊ぶものですから。半分でもそれ以下でも。微かに流れる尊い血にすがります…だから、ますますおかしいんです。だから、それが知りたくて来ました」



*+*


母が眠る棺を眺めながら、何も言わずに声も上げずに、ただただ涙を流していた女性の後ろ姿を見た。
その人が泣き止むまで傍に寄り添っていた義兄を見た。

あの女性がレイリアという人なのだろうか。
家系図を捲ってみても、載っていない。使用人に聞いてみても、口を閉ざしたまま。
母は誰を超えろとわたしに言ったのだろうか。誰の幻想を掻き消そうとしていたのだろう。
あの人と義兄は同じ淡い金色の髪をしていた。おそらく目は碧眼だろう。それは両親と同じ色だった。

では、わたしは?
わたしの銀の髪と緑の目は?

わたしは本当に、アフォンソ家の娘なのだろうか?


*+*



「アフォンソの名に泥を塗るような輩はどんな人なのかって。 ろくでもない人に違いありません!」

《『ノルティさん、あんまり煽っちゃだめですよ、この人たちはレイリアさんと交流がある。彼女の味方をする可能性があるんです。』》

ルビーの諭すような声が聞こえて、ハッとした。
顔を上げると、なんとも言えないような顔をしたふたりがいる。少し、怒っているようにも感じ取れた。

「おいおい、その決めつけはまだはえぇんじゃないのかお嬢ちゃん、もしかしたらふかーい事情があってこうなった って可能性もまだあるわけだからなぁ」
「そもそも家名に泥を塗るって? 彼女何かしたの? 家系図には名前が載ってないなら、家名に泥を塗るような事には ならないんじゃないかしら?」


反論を喰らって、思わず歯を食いしばる。
じんわりと涙があふれてくる感覚がするのが心底嫌だった。泣き虫なのはこの歳になっても変わらない。


『すみません、お気づきだと思いますけど、ちょっくらワタシから説明を ワタシのことでしたら魔法使いとでも…あ、ルビーちゃんでも呼んでください!』


文字通り助け船だった。スピーカー機能をオンにしたルビーの、いつものその茶化した口調で、緊張していた空気が一気に弛緩する。
「自分でするって言ったのに」と苦し紛れの反論をすると《『14歳のお子様は黙ってろ☆』》とくぎを刺された。

「うん?さっきまでお嬢ちゃんと話してた通信相手か?」
『はいはーい、それです! 詳しくは聞かないでくださいね~ 恥ずかしいですからっ!』
「だが恥ずかしがる女の子を見ると色々したくなるってのが野郎の オッホン」
「……」

弛緩したはずの空気はすぐにブリザードに包まれた。ルビーは兄と同い年だから、28歳だ、流石に女の子ではない。
そしてどうもこの男性はルビーと気が合いそうである。

『あらやだ、この人イケメンじゃないですか~ Nさんどうです?』
「……兄様の方がカッコいいと思う」
『このブラコンめがぁ』


「…で、説明。してくれるの? してくれないの?」

女性がコントのようなやり取りにしびれを切らしたように口を開く。
それを聞いたルビーは《『美女に睨まれるのもいいですね~』》だなんて見当違いのことを言い、男性は我に返ったかのように同意した。

「おっとそうだったな、詳しく事情を話すなら情報をあげるかどうか考えておくかねぇ」

『はいはーい、では話せる範囲で説明をば。この人はアフォンソの家に近いっていうかそういう立場の人でして。 まぁレイリアさんが本物偽物関係なく、貴族ってことはご存知だと思うのですけども! アフォンソが治める土地でしばしば噂になってるんですよ ”アークスになった”ってね』

ふたりはぽかんとしていたが、しばらくすると納得したようにため息を付いた。

「あー、なんとなく理解出来てきたわ。「アークスになった」事が問題なのね」

『褐色美女さん正解!』と嬉しそうにルビーは話す。『まぁ、普通は不思議に思うことはないと思うんですけど、ワタシたちの惑星ではアークスなんて低級職業なのですよ。出来そこないのなる職業って!』イタズラっぽい口調は真面目なのか不真面目なのか分からない。

「それで貴族がアークスになるなんぞ言語道断って言って…か、やれやれ面倒だねぇ貴族ってのは」

男性は心底面倒そうに、息を吐いた。女性も遠くを見ながら「まぁ、事情は何となくわかったわ。」と呟く。

今ここにいるすべての人が、回りくどいこじれた話だと感じているはずだ。聞けばすぐ教えてもらえると思っていたわたしに一番大きな責任がある。


「……話がこじれたけど、本当に彼女の事をしりたいだけなのね……あー、ごめん。最後に聞きたい事が一つだけ。彼女の情報を聞いて、それからあなたはどうするの? 家系図から消された謎を探るの? 」


女性のその言葉に、心が揺さぶられる気がした。
わたしがどうしてその人を知りたいと思ったのか。


「誰も、教えてくれないんです。 いたはずのその人を。わたしは、常にその人を超えるように教育されてきました。 その人がレイリアっていう人かはもう知るすべはないのですけど…でも、そうなんだと思います。 それと、それと…… 」

『実際、Nさんも、出自がグレーなんですよ。誰しも自分のルーツを知りたいと思ったりしたことはありませんか? 特にこのお年頃ですし。それに、消された過去を知りたい……! まるで記憶喪失の患者が自分の過去を知りたいと願うようなもんですよ』


目を伏せた。
考えなくていいこと。知らなくていいこと。わたしのメイドをしてくれているメイベルはよく言った「世の中には知らない方が良いこともあるのですよ」と。これも、たぶんその部類だろう。でも、知りたいと願ってしまった。わたしは守られてばかりで、何一つ出来るものもなくて。そして、何より無知なことがとても怖い。


「でも、さっきまでの話を聞いてると……情報封鎖されてるんでしょ? 下手に調べると同じように封鎖されちゃうかもしれないわよ?」

女性が言っていることは理解できる。わたしのみ厳重に封じられたその情報は、たとえ手に入れても取り上げられてしまうかもしれない。そう、故郷の人たちに聞けば。でも、

「だから、ここに来たんです。 あなたたちは、貴族ではない彼女を知っている。わたしが知りたいのは、レイリアという人がどんな人なのか、ということなんです」

そうだ。私が知りたいのはレイリアという貴族ではない。”レイリア”というその人そのものだ。


「つまり、知る過程で痛い目を見る覚悟も出来てる…と?」


男性が鋭い眼差しで問うてきた。
おそらくこれが最後の確認だろう。そう考えて、その目を見据える。

「出来ています。 人を知るんだもの、相応の覚悟はしているわ。」

時空転移は万能ではない。
それはルビーから何度も聞かされている言葉だった。下手したら時空の狭間に飲み込まれて、元の世界にも過去の世界にも帰れないし行けなくなる可能性がある。それでも、それでも行くのか、と。それを承知で来たのだ。覚悟なんてとっくにしている。


「私はいいんじゃないかなって、ロウさんは?」
「そうだなぁ……その勇気に免じて、悪用しないかつ、アフォンソの人間達に秘密にするって条件付きでなら、かねぇ 」
「その点は大丈夫です。 誰もその、興味ないと思いますから…」


そう、興味がない。
貴族とは時に残酷なものだ。価値があるうちはすり寄るくせに、それが無くなった途端に本性を現し掌を返す。公爵家の娘という価値を失ったレイリアという人は、もう故郷から必要とされることはない。


「なら、こっちもOKを出すとするか」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
『いや~長かったですね~!』

前向きな回答に安堵する。ようやく目的が達成されそうだ。
すると、女性が紙切れを差し出してきた。

「じゃあ、端末のアドレス教えるから、知りたい事聞いてちょうだいな。何だか時間なさそうだし」
「あっと、そういうことなら任せるぜアトリ」

「う、それは…」
『時間がないのは確かですけど、その手の繋がりも駄目なんですよね… 口頭でパパッとが一番有難いですハイ』

通信は出来ない、と謝る。《『正確には、過去とのモノの繋がりは持ち帰れないんですよね~ そこで矛盾が生じてしまいますから』》とルビーはごちた。

男性が頭を掻きながら、「そこまでワケアリなのかよ……ほんとに後ろめたいこととかしてねぇよな?」と聞いてきた。
義姉かもしれない人のことを聞く、ということが後ろめたいこと…なのか分からないが、居たたまれない気持ちになってしまった。すると、ぷんすこと怒ったようにルビーが反論する。

『失敬な!! アヴェイロ様に誓ってそんなことしませんよ!!』

そんなたとえ聞いたことない。
また適当に言ったな…

「ふむ、そっちはアヴェイロとやらに仕えてると」
『あ、口が滑った。仕えてるというか、まぁそんな感じですけど……あ!?これ特定されるんじゃ…!やっばいですね、八つ裂きにされそう』

ひとりでぶつぶつと言いだしたルビーを放って、ふたりは彼女の性格について考える。

「そうね、単刀直入に言えば… 貴族様の視点ではどうかわからないけど、彼女は立派な子よ? しっかりしてるし可愛いし」
「そうだなぁ…呑み込みが早くて教え甲斐があるかわいいかわいい愛弟子ってとこにしとくかねぇ」

想像していたものとは違って、それにまた驚いてしまった。
どうしてそんな人が消されてしまったのだろう。


「ふむふむ…ロックベアを指一本で倒したあのレイリアのことね」


急に新たな声がして、思わずその方向を向く。
そこには黄色の服を着た女性が頷きながらチームルームに入ってきたようだった。

「んー?」

どうしたの? 視線を向けられ、動揺する。この人も隊員さん?
《『おやおや!これはナイスバディな方が…! ってノルティさん、レイリアさんって指で”あの”ロックベアを指一本で倒せるそうですよ~? この技量の差は何なのでしょうかね~』》マイク部分を爪ではじく。悲鳴が聞こえたが当然のように無視した。

「おや、こんばんわだぜ」
「こんばんはー」
「やっほー 背中を見せると弓で射抜かれるレイリアのことなら そんなに会ってるわけじゃないから あんまりご存じじゃないかも…?」

《『ほうほう、お名前はミアさんと…法撃が得意な魔術タイプですか~! 魔術では負けてませんけど、胸で負けてますね!すご!!』》

もういちいち反応するのも疲れてきたので、スルーする。
不満そうな声がしたがもう知らない。

『あ、性格とやらはどうなんでしょうか。ほら優しいとかそういう抽象的な感じの』
「そうだなぁ…人懐っこい感じかねぇ 撫でようとしたら撫でやすい位置に頭をもってきたりもするし、そこがまた可愛くてナデナデがとまらなくなりそうではあるんだがなぁー オホン」

『ほうほう……人懐っこいですかぁ これはこれはNさんとは正反対ですネ』
「ルビーは黙ってて。 ……そうなんですね、少しですけど分かった気がします。謎も増えましたけど」
「ククク、お嬢ちゃんももうすこしそのカッカするところを減らしてけば可愛げもでるんじゃねぇのかー?」
「こ・れ・は! 生まれつきなんです!! ほっといてください!」
「ハハハ、その性格が柔らかくなる日はいつになるやらだな で?まだほしい情報はあるか?」

他に聞きたいこと。いっぱいあるけれど、この時空列で彼らが知っていることはあまりなさそうだ。兄については、この反応から知り合っていないようだし。むしろ、知り合いになるのかすら分からない。

『あうちー、時間切れです。そろそろ撤退してくださいよ 聞きたいことは聞いたんですし』

ルビーが限界時間を伝えて来る。確かに、もうすぐこの時空列に来て2時間……残念ながら、タイムリミットだ。

「えっと、えっと… このことは、レイリアって人には黙っててください!」

咄嗟に口をでたのはこの言葉だった。
この人たちならちゃんと秘密にしてくれるだろう。この時間軸に、矛盾を置いておくわけにはいかない。最悪ルビーの記憶操作があるだろうが、おそらく大丈夫。


「予想はしていたが……まぁわかったよ、隠す努力はするとしよう」
「事情が複雑そうだもんね、りょーかい」


体がうっすらと透けてきたように感じる。はやくここから離れないといけない。


「えっと、それでは失礼します! また!!」


ふたりの見送る声を聞きながら、急いでチームルームの外に出る。
転送が終わった瞬間、またあの浮遊感に襲われた。













『お帰りなさいノルティさん、無事戻ってきましたよ~』
「……ぁ、帰ってきた?」
『はい。時空旅行お疲れ様です』

見慣れた古臭い部屋に安堵する。
狭間に巻き込まれることなく、無事生還したらしい。

『目的は達成しましたけど、なんだか腑に落ちない内容でしたね~』
「うん……あ、あのさルビー」
『はい? どうせ、また行きたいとか言うんでしょ?』
「なんで分かったの!?」
『分かりますよ、そりゃ…ワタシも個人的に知りたいですからねぇ~ イヒヒ、アヴェィロの一番の弱点ですよ知りたいじゃないですか~』
「楽しんでない…? こっちは真剣なんだけど!」
『はいはい分かってますよ。とりあえず今日はゆっくりしてくださいな。明日からも大変なんですしね、ノルティお嬢様?』
「……はぁ、分かった」


部屋の扉に手を掛けて、扉を開く。
外は光が降り注いでまぶしい。はた、と動作を止めて振り返る。


「おや? どうかされましたか?」
「ううん……その、ルビー…ごめんね」
「構いませんよ。ワタシにとっても有益なことですからね」
「…ありがとう」


バタンと扉が閉まった。





【中の人より】


  • 最終更新:2016-09-19 01:40:15

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