ShiNoBooks_12


「結論から言おう。君の身体は、もって数年といった所だ」


メディカルセンター。かかりつけ――という訳でもないが、ナウシズでも世話になっていた男の医師が
淡々とした口調で、特に驚きもしてない向いの灰髪の男――シノブに向かって、宣告を下した。



「君の特異な経験は、君自身の身体にも影響を及ぼした。時の流れが異常な世界で過ごした対価とも言うべきか」

「肉体の老化が通常のヒューマンよりも数倍早い。今はまだ平気だろうが――いや、違和感めいたものは感じているんじゃないのか?」


相も変わらず機械的な動作と言葉で、此方の様子など気にせずズバスバと言ってくれるな、と内心毒づくが長い付き合いだ。
この男はそういう性格だと諦め、シノブは軽くため息を吐く。


「そうだな。身体も前みてぇ言う事きかねえし、フォトンの巡りも悪い。あとはー…」

「はっきりと言い給え。”もう碌に戦える身体”ではないのだろう。薬で騙し騙しやってはいるが、いつまでも持たんぞ」

「馬鹿言え。碌に戦えねぇ身体になってんなら、とっくに死んでる」

「フン。既に『死んでいる人間』が言うと、説得力が違うな」

「…皮肉か?つーか医者ならちったぁ気のきいた台詞言えっつうの。だから煙たがれて端っこに追い込まれんだよ」

「ヒトに好かれる為に医学を専攻している訳ではないのでな」


シノブは肩を竦め、首を左右に振る。しばしの沈黙の後、男に問いかける。


「…治る見込みは?」

「現状は不可能だ。何せ前例のない症状な上に遺伝子治療を施しても老化が留まる…いや、通常の速度に戻らん」

「キャスト化は」

「意味がないな。機械化としたとしても根本的な部分が治療できん」

「――…」


室内に重い空気が漂う。節介焼きの代償が自身の肉体の老化を幾倍早めてしまった。
後悔はしていないが――どうしようもない現実を突きつけられ、天井を仰ぐ。


「もって数年ったが、そいつはアークス業として、て意味か?」

「人としての生という意味でだ。今の君は見た目こそ若いが、この調子でいけば2年も経たずに壮年の容姿になるだろうな」

「…イケメンからシブメンに鞍替えかよ、ハァ」


冗談めいて吐露するが、やりきれない感情が渦巻く。もしこのままいけば――あと数年の命らしい。
これまで何度か命を落としかけた事はあったが、それは戦いの中でだ。今度は、信じられないが己の寿命からくるモノだ。


「どうする?」

「…あ?」

「このままアークスを引退して、余生を過ごすかね?君はアークスとしてもそこそこの偉業を成し遂げた」

「酷な言い方になるが、君のような存在は代わりが居ないワケでもない。特に3世代の人口も増えつつある」

「今の君はバラバラになった身体を継ぎ接ぎでつなぎ留めている危い状態だ。以前のような苛烈な戦いをすれば、
 数年と言わずすぐさま老化が加速するかわからんぞ」

「… … …。余生を過ごす、ね」


実際、考えない事は無かった。アークスを引退し、適当に一般的な職につき――趣味の延長戦のような生活をしてみるのも悪くはない、と。
誰かの世話を焼くのも、他の世話焼きがやってくれるだろう。周りからさんざん自愛しろともいわれた。なら、残りの数年は静かに、
過ごしても――。


「アホらしい。死ぬと決まった訳でもねえのに、なんで余生なんざ過ごさねえといけねえんだ」

「…今回ばかりは冗談では済まんぞ」

「全て投げ出して、全て諦めて死人のように過ごせってか?『死人』に『死ね』って言ってるようなモンだぜ」

「… … …フン、先ほどのお返しか。まぁ、そうだろう。君ならそう言うだろうと思っていた」


男は能面のような表情から、歓喜の表情を浮かべる。
初めから、シノブが諦めるという選択肢は無い事は解っていた。だが、試したかった。
諦めを知らぬ男が、果たして抗いようのない――と、思っている事に諦めるのか、と。


「一つ訂正しよう。治療の見込みがないと言ったな。アレは嘘だ」

「ブン殴るぞテメェ」

「殴れば言わん」

「すいませんでした是非お教え下さい」


上下関係をはっきりさせた所で、男は一つのアンプルを取り出す。対し、シノブはなんとも言えない表情でソレを見つめていた。


「君の遺伝子を弄り回して、ようやく出来上がった逸品だ。現状の老化現象を止める事はできんが――その後の速度を、
 ヒューマンと同様にはできる」

「つまりは――数年後、君はシブメンになるだけだ」

「… … …結局シブメンかよ!!」


―――
――


男とのやり取りとアンプルの注入を終え、軽くため息を吐く。
結局、死ぬまで自分の性は変わらないのだろうと、改めて認識させられた。
つまるところ、自分には穏やかな生の終幕はないのだろう。


この身体が動く限り、足掻き続ける。数年後、周りは自分の容姿の変化に戸惑うだろうが――
それも『先のお楽しみ』として、とっておこう。
節介焼きの灰髪の男は、鼻で笑い、メディカルセンターを後にした。

  • 最終更新:2018-10-03 00:18:14

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