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「……ここ、どこだ…?」
ナベリウスでの任務を受け、キャンプシップからテレポートしたはずだった。
鈴の音、そして目が眩むような強烈な光に思わず呻きよろけて尻餅をついた。そこまでは覚えている。
目の前に広がっていたのは、確かに森林地帯であった。でも、ナベリウスではない。
ひらりと目の前に舞い落ちる白色の花弁を見て、アヴェイロはここが祖国なのだと瞬時に理解した。
今まで不時着したのは、一度アブダクションされたあの時のみ。惑星ナベリウスの上空から、どうして惑星アイデスにいるのか。
混乱していたアヴェイロは、とりあえずマグの名前を呼んだ。
「おい、ルビィア」
閃光の瞬間、【眩しっ!】と聞こえたような気がした。彼女(というかマグ)もこちらに飛ばされていると思いたい。
呼びかけても聞こえない声に、アヴェイロは早々とマグを諦めた。あれは何処ででも生きていけるだろうから、今は自分の事だけに集中しよう。
立ち上がり、砂を払う。
ここはどうやらアイデスの何処かの森林地帯だろう。何となく見覚えがあるような、ないような。
一歩踏み出したその瞬間、近くの茂みで女の呻くような声が聞こえてきた。正確に言うと先程見捨てたはずのマグの声だった。
「……ルビィア、いるなら返事を…」
ため息をついて、茂みを掻き分け声のする方へ足を進めると、アヴェイロのマグが見知らぬ少女にがっしりと掴まれシャッフルされていた。
【オロロロロまじでヤバイですって、キラキラな何かが出そうですうううう】
本体は別にあるが、視界が文字通りシャッフルされているのだろう。想像して、アヴェイロはほんの少し同情した。少女は振れば音を発する玩具に興味津々のようで、ルビィアの悲鳴のような、そうでないような呻きには完全スルーであった。
ぺき、とアヴェイロが小枝を踏んだことで、少女は「他の誰か」に気が付いたらしい。バッとこちらを振り向き、しかしマグは振り回したままで。その幼い顔に今度はアヴェイロが固まる番だった。
青色の子供用の服、金の糸のような長い髪にリボン。強い意思を持った碧眼は光の反射でまるで赤色のようにも見えた。
「…レイ……?」
「わたしのことを呼びすてで呼ぶなんて、ぶれいな人ね」
ルビィアを大層気に入ったらしいレイリア"さま"は、アヴェイロの腰に提げていたレイピアも奪い取り、至極御満悦のようだった。
体の大きさにそぐわない凶器を腰に提げ引き摺って、ついでにルビィアをシャッフルして、森の中を探検していく。
レイピアを人質に取られたアヴェイロは、その危なっかしい幼い姉の後を付いて歩いていた。
手助けされることが嫌いなのに、思う様に行かないと膨れっ面になる少女を、絶妙なタイミングでサポートする。何というか、デジャヴというか、まあつまり慣れているのだ。この手の理不尽に。染み付いていると言っても過言ではない。
「レイリアさま、何処まで行かれるんですか」
「もっとおく!」
「流石に危ないですよ。家の方に言伝されたのですか?…御姉弟とか」
「アヴがいたら、こわいってなくもの」
見事にカウンターを喰らってアヴェイロは小さく呻いた。確かにこの頃の自分は、怖がりで少しは泣き虫だった気がするが、こうもバッサリ斬られてしまうと情けなくなってしまう。
この森林地帯は、アフォンソ家の敷地内だ。だが、もう少し奥へ行くと渓谷がある。流石にそこまで行かせるわけにはいかない。
ズルりと岩の上で滑ったレイリアの腕を掴み持ち上げたアヴェイロは、姉が外行の靴を履いていないことに気が付いた。服装もよくよく見れば、かつて室内用として着ていたものだ。つまり、
「レイリアさま、出掛けることを家の方には?」
「いってないわよ?」
当然と言わんばかりのそのしたり顔に、アヴェイロは膝を付きそうになった。部屋着のままで屋敷を飛び出してきたと言うのだ。今頃屋敷は大騒ぎになっているだろう。
「危ないですから、屋敷に戻りましょう?」
「いや!」
「嫌って…」
「しんしはレディにやさしくするものなの!」
「……はい」
鼻歌交じりに前を歩くレイリアの服装を見て、アヴェイロは、思い当たる記憶があった。その記憶が確かなら、幼い自分は今、姉に置いて行かれて泣きじゃくっているはず。それだけでも忘れたい記憶なのだが、何にせよ格好がダメだ。黒歴史ものだ。
「アヴったらおとこのこなのに、わたしよりもかわいいの。りふじんだわ」
ぷりぷりと怒る少女に、誰のせいでそうなったんだと喉まで出かかった言葉を飲み込む。
言ったところでまた理不尽に今の自分が怒られるだけだと早々に諦めた。
***
冒険はあっさりと幕を閉じた。
理由はひとつ。レイリアの体力切れだった。
すやすやと眠るレイリアを抱えて、アヴェイロは来た道を帰る。
【問題は、レイリアさんをどうやってお屋敷に返すかですよね〜今のアヴェイロさんだと完全に誘拐犯ですよ】
定位置に戻ってきたアフォンソ家の紋章が入ったレイピアを見て、アヴェイロは思案した。
【誘拐犯な上にレイピア泥棒ですよねえ】
何かいい方法はないかと考えながら歩いているうちに、どうやら屋敷のそばまで帰って来たらしい。使用人たちが右に左に大慌てしている姿が遠目からでもよく分かる。
【んー、やっぱりお屋敷の窓から見える場所に寝かしとくのが得策ですかー】
「お前が使用人たちを呼びに行けばいいだろ」
【追いかけれたらいいんですねー!?こうなったらヤケです!任せろバリバリー!】
レイリアをそっと横たわらせる。自分の着ているアウターを毛布がわりに掛けておきたいが、それでは過去干渉になってしまう。
【過去を変えるって禁忌中の禁忌です。トップオブ禁忌です。あなたが良かれとした行動で、未来の相手が消滅してることも簡単に有りうるんですよ】
アヴェイロはすぐ側の茂みに身を隠して気配を消した。もちろん、レイリアが引き取られるまで動くつもりはない。
しばらくすると、屋敷の中から地響きのような揺れと音が聞こえてくる。その集団の中で先頭を走っているのはルビィアだった。
アヴェイロはそんなマグを無視して、レイリアを見つめていた。
そうだ、彼女はこういう人だった。振り回されてばかりで、でも憎めない大切な姉はいつから、何時からあんな風に自分を殺してしまったのだろうか。
【こわ!!ハインツさんとマデラさん怖すぎ!!明らかにマグを殺すマンだったんですけど!!】
「お前、逞しくなってないか…?」
【逃げなきゃ!!って追い詰められたら腕が生えてきまして…】
「足ではないのか」
【腕で走れって無理ゲー過ぎません?っていうか、脚生えてもワタシ浮いてるんですけどね…】
侵入者に殺気立っていた集団は、眠りこけているレイリアを見つけて、安堵の表情を浮かべた。
そのまま彼女を抱え上げ、屋敷の中に帰っていく。
それを見つめ続けるアヴェイロは、また鈴の音を聞いた。そして目の前にまたもや閃光が走る。
「くっ…!」
【眩しっ!…ってこれデジャヴ!】
アヴェイロの足元に魔法陣が浮かび上がる。そしてそのまま、ひとりとマグはアイデスの森から姿を消した。
***
「アヴェイロ・アフォンソ、帰還を確認しました。オールクリアです。」
たん、と小さな少女が舞い降りる。
黒い髪に黒い耳と尻尾。黒色のメイドドレスと白いプリムを身につけたその少女は、淡々とした口調で何かに告げる。
『オッケーです。こちらもショタアヴェイロさんの帰還を確認…はー疲れた』
「退避させるだけでこの労力とは…他のやり方を考えた方がいいんじゃない?」
『あるんならそうしてますよー お腹空いたあー!あ、リーリエ帰ってきたらメディカルにいるレイリアさん14歳の確認と、C隊拠点へ偵察に行ってください』
「………はぁ」
『ちょっとお!それがマスターに対する態度ですかあ!』
「日頃の行いね」
『辛辣!』
***
「おい、おいアヴェイロ」
誰かに声を掛けられて、アヴェイロはゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした焦点で声のする方へ。すると、そこには兄が天蓋を捲って覗き込んでいた。
「あ、あれ……ここは」
確か自分は森林探索の任務を受けて、そのキャンプシップで…
「ナベリウス?お前寝ぼけてんのか?」
夢の中まで任務とは、アークスの鏡だなぁ…
そう言われてムッとした表情を浮かべたアヴェイロはゆっくりと体を起こす。
何故か外行きの服で寝ていたらしい。
マグを見ると、機能停止中なのか机の上で動かない。それにゴツい。腕が生えている。
「……メディカルに行ってきます」
「おう、暗くなるまでに帰るんだぞー」
もうそんな歳ではないのだが、とそう思いながらアヴェイロは家を出た。
***
レイリアは相変わらず、様々な機械に繋がれて眠っていた。
ベッドのそばにある椅子に腰掛けて、少し戸惑うが結局その白い手を握る。途端に色んな思い出が駆け巡ってアヴェイロは長い息を吐いた。
握った手を額に当てて、祈るように、縋るように。
「レイ……置いて行かないでくれ」
流れた雫に、気付かないフリをした。
【中の人より】
- 最終更新:2017-09-19 20:17:10