雲なす証言

ハインツ=M(マーヴィン)=バンターは、腸が煮えくり返る程の怒りを隠そうともせずに生徒会室のドアを蹴破った。
華麗なる回し蹴りにドアの金具がひとつ弾け飛ぶ。生徒会室で本を読んでいたアルフレッド・ゲインズはその見慣れた光景に特に口を挟むことはせず、ただそれを直すのは自分なのだという意思のこもった視線をハインツへ送った。


「何が「アークスは荒くれ者の集まり」だ…!誰のお陰で命拾いしたと思ってるんだあのハゲ野郎」


どかりと一際大きな椅子に座ったハインツの机には"生徒会長"と書かれたプレートがあった。


「会長…腹が立つのは分かりますが、一応相手はお偉い貴族様です。失礼なことはしていませんよね?」
「誰がそんなマヌケなことするか。俺は生徒会長だぞ」
「この間アリサさんと研修校全員を巻き込んでの大乱闘を起こされたのはどこの生徒会長様だったのでしょうか。あと、その破損したドアの金具を直すのは私です」
「〜〜♪」


都合が悪くなると口笛を吹いて誤魔化すのはハインツの癖だ。アルフレッドは溜め息をついた。






かつてのフロンティアスピリッツは失われ、ダーカーとの戦闘ばかりに駆り出されるアークスは地位の低い職業となってしまった。
ハインツはそれが許せない。人を護ることに命を掛けるアークスは格好良いと思う。それがこんなにも雑な扱いを受けていることに、苛立ちを覚えていた。


「このままでは、アークス自体が錆び付いてしまう。かの有名な脳筋レギアスと、それを超えるとも噂される脳筋マリアがアークスだと思われては、非常に困る」
「しかし、アークスはダーカーと闘える唯一の機関です」
「……そう、それだ!」
「…え?」
「アークスの存在価値はダーカー戦のみ。それがおかしいんだよ。こちらへの敵対意思を持って襲ってくるのは、何もダーカーだけじゃない。ナベリウスの原生種なんて最たる例だ」
「確かに…最終研修の地はナベリウスでしたね。理由は、ダーカーの発生が確認されていないから」
「教官の口調では、正規に昇格したアークスはナベリウスには基本的に行かない…みたいに言ってたな……アルフ、ちょっと出てくる」
「どちらへ?」
「ゲートエリア。アークスの出撃記録を見てくる」


再び華麗なる飛び蹴りで、ハインツは疾風の如く生徒会室から出ていった。幸い金具は飛び散らなかった。
そんな嵐のような足癖の悪いハインツが去り、アルフレッドは本をテーブルに置き立ち上がると、ドアの金具を取り付けるためドアノブに触れようとした。
するとドアが開き、勝気そうな女子生徒が顔を覗かせる。


「ごきげんよう…あら、アルフレッドだけ?」
「こんにちは、アリサさん」


現れたのはアリサ=L=ヴァーミット。知る人ぞ知るヴァーミット家の令嬢であり、事あるごとにハインツと諍いを起こしている困った御方である。


「会長ならゲートエリアに行かれたところです」
「あら、呼び出し?」
「いいえ。超個人的な理由です」
「…? そう?」


アルフレッドの回答に、疑問を抱きながらもアリサは深く追求はしなかった。そのまま生徒会室のソファに腰掛けると、アルフレッドに紅茶を淹れろと催促する。

「アルフレッドの淹れる紅茶はうちの執事が淹れるより美味しいもの」

これがアリサの弁である。



「ねぇ、もうすぐ卒業でしょ? アルフレッドは何か進路考えてる?」
「進路…と言われましても、私はアークスになると誓ってこの研修校へ来ましたので」
「アークスでも色んな派閥とかあるじゃない。大物ボスコースとか、雑魚ばっかりコースとか……大出世めざせ最強アークスコースとか」
「最後はあのレギアスさんやマリアさん相当の方の話でしょう…」
「何かねー、あたしはどれもピンとこないのよ」
「アリサさんもアークス志望なのですか?」
「あたしだって、アークスになるためにこの研修校に来たのよ? ヴァーミット家は12を過ぎたら大人と同じなの」
「確か、そうでしたね…」
「でもダーカーだけ相手の戦闘って、何か違うなって。もっと、人のためになることがしたい」


アルフレッドは、さっきも似たようなことを聞いたなと思った。ハインツとアリサは反発し合ってはいるものの、魂の在り方はよく似ている。


「それを会長も模索されています。」
「ハインツも? 意外だわ」


アリサはアルフレッドが淹れた紅茶を味わいながら言った。アルフレッドは、ドアの金具の取り付けを行う。


「………あたしも、仲間に入れてくれないかな」


カップの縁を撫でながら、アリサはそう呟いた。でも、これは独り言であり返事を必要とする声掛けではない。アリサはヴァーミット家の令嬢。アークスになれたとしても、その先はある程度制約が掛けられてしまう。それをアリサも理解している。
アルフレッドは聞こえないフリをして、ドアの金具を取り付けた。












研修校を卒業して、アルフレッドは正式なアークスとなった。
ダーカー掃討任務ばかり回ってくることへ、少しずつ苛立ちを覚え始めた頃。
アルフレッドは久しぶりに元生徒会長に呼び出された。


「よう、アルフ。元気そうだな」
「会長こそ。お元気そうで何よりです」
「俺はもう会長じゃねーぞ」


彼の持つ鮮やかな赤髪は遠くからでも容易に識別出来た。
研修校を卒業してからまだそんなに経っていないのだが、毎日のように顔を合わせていた間柄だ。とても懐かしいと感じるのは仕方ない。


「どうだ? やっぱりダーカー相手ばかりだろ」
「えぇ… 命懸けということに変わりはないにも関わらず、ああも見下された態度を取られるとなると、少々堪えますね」
「そうかそうか。なあ、アルフ……俺と一緒に隊を立ち上げないか?」
「……隊、ですか?」
「あぁ。ダーカーを倒すのは当たり前だ。でもアークスにはそれ以上の可能性がある。俺はそう信じている」


髪色と同じ鮮やかな赤の瞳を爛々と輝かせて語るハインツに、アルフレッドは昔を思い出して小さく笑みを零した。


「なるほど…しかし、その案を形にするには、些か人手不足な気がしますね」
「生徒会のメンツにも声は掛けてみたんだけどなー…皆もう別の隊に所属していたり、元からの派閥が決まってたような奴もいたし、流石に博打だからかいい返事は貰えなくてな…」
「……アリサさんはお誘いされたんですか?」
「アリサ? アリサは無理だろ。あいつがやりたくてもヴァーミット家が許さない」
「………そう、でしたね」


生徒会室でポツリと呟いたあの少女の寂しそうな瞳が、アルフレッドには忘れられなかった。ハインツも、アリサもどうしようもない事が世の中にはあるのだと痛いくらいに理解している。


「無理強いをするつもりもないし、今ここで返事を聞こうとも思っていない。もしお前が辞退しても俺だけで始めようかと思っているんだ。」
「分かりました。真剣に考えてみます」
「おう」





アルフレッドの意思はもうハインツに会った時から決まっていたようなものだった。でも、即決させようとせずに考える時間をくれるハインツは流石というべきか。
少し時間が欲しかった。それはアルフレッドが必要とするわけではなく。
自室に戻り、通信機を起動させたアルフレッドは宛先に少し迷いながらもある人の名を表示させた。


アリサ=L=ヴァーミット


余計なお世話だと思う。彼女は彼女で新しい環境の中を持ち前の逞しさで生き抜いているのだろう。でも。

『………あたしも、仲間に入れてくれないかな』

あの顔を忘れる日はなかったから。
アルフレッドは意を決して、通話ボタンを押した。














「森林トマトが1050メセタになるだと!?」

市場の一角で、ハインツは商人相手に美味い話を持ち掛けた。

「あぁ。俺たちアークスは惑星への出撃が認められている。それを利用して商売を始めようと思ってさ」
「た、たしかに我ら商人ではナベリウスや惑星固有の食べ物を手に入れることは出来ないが……」
「だよな〜 ほれ、これ見てみろよおっさん」
「う、ウォパルシャーク!!?」
「流石だな品種まで知ってたか。かなりのレアだぜ? 今までは上層部からの"配給"のようなものだった。たんまりと仲介料を取られてな…だが、俺たちが採ってきたらその仲介料はいらない。俺たちへの報酬だけだ。俺たちアークスも経験になる」


ぐぬぬ、と唸る商人を眺めながら相変わらずハインツは人を手玉に取ることが上手いとアルフレッドは嘆息した。
アルフレッドは今、ここにいるだけだ。たまに口を挟む程度。ハインツ曰く、冷静そうな奴がいることによって相手の警戒心を解くのだそう。実際、言われた通りに丁寧に応対したらこちらへの態度が丸々変わった商人もいる。


「だが、そんなことを管理部は認めるのか?」
「アークスの素行が危険視されていることは皆様も身を以て体験されていると思います。その原因として挙げられることは、"アークスの仕事の無さ"と"アークスという職への軽蔑視"だと私たちは考えています。」


ダーカー掃討任務しか仕事が割り振られないという現状は、その任務以外の時間は何もないということだ。任務は突発的なため副業をするわけにも行かず、しかも命懸けの仕事であるため報酬は高い。要するに、副業をしなくても不自由なく生きていけるというわけだ。
暇を持て余したアークスたちの素行が悪くなるのは最早仕方がないことなのだ。
ある者は力を振り飾り風俗に入り浸っていたり、商人を含め一般人に危害を加える輩も出てきている。それがアークスへの軽蔑視に繋がっているとハインツは考えていた。


「つまりだな、アークスに仕事をさせるんだよ。アークスってのはフォトン適性がなければなれない代物だが、正規になれる奴は中身まで厳正に審査されている。まあ、言ってしまえばお節介の世話好きが多数を占めているってところだな」
「実際、ダーカーとの戦闘…そこで仲間を失い堕ちてしまうアークスも少なくないのが現状です」
「何も採取だけじゃないさ。おい、そこのアンタ…そう、アンタ学者だろ?天候の変わりや地質調査、生態調査も機械を作ってくれりゃ俺たちが行くし、何なら護衛任務でもいい。」


ハインツに名指しされた学者風の男は深く考え込んでしまった。


「俺たちは採ることは出来ても、それを売る手段やブランドがない。だがお前さんたちに少しでも安価に譲ることなら出来るってわけさ。」


場がハインツに支配されている。
アークスは自分の職業を、誇りに思っている節がある。そんな思いが態度に現れて、お高くとまってしまえば気軽に話し掛けれる相手ではない。もし案を思いついても実行に移すことが出来ない商人はたくさんいるはずだ。これはお互いが歩み寄らなければ出来ない事柄なのだ。






「何を下らない話をしているのか」


そこへ水を指すように声が掛けられた。
アルフレッドは声の主を知っている。ハインツもまた、商人たちに聞こえない程の小さな声で舌打ちをした。


「これはこれは貴族サマ。貴方のような高貴な御方がどうしてこのような場所へ?」


いつだったか、ハインツが回し蹴りをしながら生徒会室に入ってきたその時の原因だった。デフォルメのような体型はまさに卵。服も何故か膨張色である白色を着ているため、見事に卵である。


「アークスが何か企んでいると聞いてな。我の領地でそのような勝手は許さん」
「皆が幸せになるための話し合いですよ。貴方は興味ないでしょう?」
「……フン、アークス風情が偉そうに。この我が治めている地だ。幸せに決まっているだろう」


ハインツが鼻で笑った。
商人たちは完全なる無表情でこの場を乗り切ろうとしている。


「話は聞いておったがアークス。シップの手配など配慮はしておるのか? ダーカーを倒すだけの存在であるお前たちが、ダーカー掃討以外の目的のためにシップを手配出来るとは到底思えんがなあ……その金は誰が出資しておると思っている。我ぞ?」


没落寸前男爵風情の出資額などたかが知れてるのですが。
もちろんそんな感想を顔に出すヘマをアルフレッドがするわけがない。
しかし、シップの話は痛い所を突かれた。
任務があるから手配出来るもの。もちろん最優先はダーカー掃討なため、最悪手配出来ないことも考えられる。


「後ろ盾、ブランドがない荒れくれ者が商売だと? 片腹痛いわ」


まずい、とアルフレッドは思った。
商人のお陰で金が入り、アークスのお陰でダーカーから守られているという感覚がこの残念貴族にはない。全てが自分のためと信じて疑わないからだ。商人たちもこの賑わう市場から追い出されるのは避けたいと思うだろう。そうなると切り捨てられるのは、こちらだ。


「一族のシップも持てないような者が偉そうに。身の程を弁えよ、今回は我の心の広さで特別に許してやろう。次はな」


「シップならあるわよ」


言い返せないハインツとアルフレッドを見ていい気になった残念貴族の言葉を塗りつぶすような、凛とした声が響いた。またもや聞き覚えのある声にハインツはぐりんと首を回し、アルフレッドは小さく微笑んだ。

手を腰にあてて仁王立ちしている少女はアリサだった。


「誰だ貴様、お前もアークスか」
「あら見たことがない卵。黄色のタイが黄身かしら? 渾身の自虐ネタだけど、ハインツの思い付きの方が面白いわ」


初対面でこの挨拶である。そしてこのバッサリである。
卵と言われて思いの外、心にきたのか残念貴族は絶句してしまった。


「なによハインツ、そんな面白そうな事始めるならあたしもまぜなさいよ!」


そんな卵を華麗に優雅に無視をして、アリサはハインツとアルフレッドの傍へやってくる。
ハインツは理解したのか、アルフレッドの肩を弱々しく殴った。


「き、貴様…我に何と無礼な…!」
「あぁ、シップがいるのよね? ………あ、もしもし?あたしよ。買い物したくてね。そう、ちょっと最新鋭のシップ一隻を言い値で買うわ。男爵卵が煩いから領収書のデータ送ってくれる? ええ、あたしの名前にしといて、じゃ」


ハインツが椅子から転げ落ちるのをアルフレッドは澄まし顔で眺めていた。
その場にいる全員がことの大きさに右往左往している。


「あ、来たわね。…ほら卵、これでいいんでしょ?」
「何をデタラメなことを………!?ヴァ、ヴァーミット、だと!!?」
「そう言えば名乗ってなかったわね。あたし、アリサ=L=ヴァーミットよ」


その後大騒ぎになったのは言うまでもない。












艦長席でどんよりとした空気を、纏いつつ(ゲンドウポーズで)座っているのは「ナイン・テイラーズ」のチームマスター、ハインツ=M(マーヴィン)=バンター。その斜め前の席で優雅に紅茶を嗜んでいるのは、名門ヴァーミット家の令嬢、アリサ=L=ヴァーミット。その向かいの席で本を読んでいるのはアルフレッド・ゲインズ。


「学生の頃と何ら変わりないぞこれ」
「あら、いいじゃない。気心知れた仲で」
「懐かしいですね」


クライアントによるオーダーを、ダーカー掃討の合間に請け負う『ナイン・テイラーズ』の評判は徐々に上がってきていた。人員も増え、そのやり方は他のアークスたちにも広がりを見せてきている。


「アルフレッド、今日のオーダーは何?」
「はい。ナベリウスでの生態調査と森林トマト、ナベルダケの各種納品でしょうか」
「ナベルダケかよ〜 あれほんと出ない時はとことん出ないからなあー」
「もしかしてクライアントはヤーキス?」
「そうです。ヤーキスさんは他にも、アムドゥスキア龍鱗、リリーパチョッキ、ウォパルシェルをご所望ですね」
「全部めんどくせえやつじゃねーかよ!」
「面倒だからハインツに任せましょう」
「おいこらアリサ!」
「では、アリサさんにはウォパルの天候調査をお願い致します……どうやら異変が起こっているようで」
「分かったわ、気を付けて行ってくる」


いつも通りのやり取りの中で、それぞれは成長していく。
いつかここを巣立つことになっても、ここでの時間は永遠の輝きなのだと。
全員がそれを痛いくらい理解している。


「いいか?この改革は20年、30年先を見越した未来の布石なんだ。分かってるよな?」
「でもこの組織って傭兵みたいじゃない?」
「!」
「ふふふ、そうですね傭兵団ですね」
「!?」
「じゃあハインツあんたは団長ね!」
「そうです、ハインツ団長です」
「いや、チームマスターって言えよ!」
「「了解しました団長」」
「オイ!!」


この眩しい一瞬の日々が、次の世代へ引き継がれることを願って。






【登場人物】



【中の人より】


  • 最終更新:2017-03-28 20:44:14

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