銀の決意

セントロ州の一番端の山に囲まれた小さな町、キース。
織物が特産物で、人々は自給自足の生活を昔から続けていた。



「♪~」


鼻歌を歌いながら、庭に咲く花たちに水をやる銀色の髪の女性。
夫は5歳になる息子と買い出しに行っている。
ぽこり、と時々腹を蹴る新たな生命に笑みを零しながら。


まるで嵐のように生き別れた愛娘が突撃してくるなど、誰が予想していただろうか。






「あ、あの」


庭の門からか細い声が聞こえる。
ふと振り向くと、そこには金色の髪に白い大きなツバ付き帽子をかぶった少女がいた。
町では見かけない娘だ。観光客だろうか。


「あら、どうしたの?」


近付いてみると、少女は白色のワンピースを身に纏っていた。
いいところの娘さんかしら?


「え、えっと…その、ま、マリエ・ヴィオンさん、でしょうかっ」
「……? えぇ、そうだけど」


いきなり名前を呼ばれて、警戒感が募る。
腹の子を守るように手で抑えて、不審そうに返答する。
名前を聞いた少女はそんなことお構いなしに、嬉しそうにぱあっと顔を明るくした。

「あ、あの…わたし…!」

そう言いかけて、盛大な腹の音がした。
それは警戒して距離をあけたマリエにもはっきり聞こえるくらいの音で。
しばらくの沈黙のあと、偶然にも隣家の老犬がワォーンと吠えた。


「くっ…ふふっ…あははははっ」
「~~っ!!!」


白い少女は顔を真っ赤に染めて、お腹を抑える。
その姿がとても愛らしくて、マリエは少女に近づいた。


「お腹空いているの? わたしも今からお昼ごはんを食べようとしていたところなのよ…一緒にどう?」
「!! ご飯!…じゃない! そうじゃなくてですね、わたしはそのっ」
「はいはい、何かわたしに用があるんでしょ? 食べながらでも、食べてからでも聞くわ」
「えっ、ちょっ…! ハッそういうつもりじゃ…!」

少女の背に回ったマリエはそのままその華奢な肩を押して、家へ案内した。
わたわたと慌てる少女はされるがままで。

バタン、と玄関の扉が閉まった。












「ちょー!! 家入っちゃいましたけど!!?」
「お、お嬢様が!お嬢様が!!」
「おおおお落ち着いて下さいメイベルさん!あーだから、通信装置付けるべきって言ったんですよおお!」
「こ、これどうしたら…!!あぁ、女神様どうかお嬢様をお守り下さい…!」
「今までで一番の命の危機ですよ主にワタシの」







*+*



「で? クランちゃんはどこの街から来たの? 服装とか、このあたりの人じゃないわよね?」
「えっと…その…」

(ど、どうしよう…また偽名を使ってしまった挙句、ルビーの援護も無しに、お母さんと対面どころかご飯まで…美味しかった…じゃなくて!……す、素直に言ったほうがいいのかな!?)

「……コレットです」


マリエの目が見開かれたのをノルティは見逃さなかった。
悪あがきとして金色のウィッグを被っているものの、目はノータッチだった。普通に今目の前にいる母親と同じ色をしている。


「コレット…かぁ。懐かしい名前だな」
「えっと…い、行かれたことがあるんですか?」

苦し紛れにそう答えると、マリエはどこか懐かしそうな目をした。

「昔ね、お屋敷に住み込みでメイドをしていたの」
「そ、そうなんですね…道理で食器も器具もピカピカだし、掃除も行き届いてる…」
「ふふっ そう言ってもらえると嬉しいわ」

実家の清潔感とそう変わらない、手入れが行き届いている部屋や道具を見ると安心する。
ノルティはこのまま話を続けることにした。

「その、えっと……無礼を承知でお聞きします…どうしてこの町へ?」
「…色々あってね。あの街には居れなくなってしまったの。あ、わたしはこの町の生まれでね。ボロボロで戻ってきたときに、わたしの旦那が売り言葉に買い言葉でわたしを貰ってくれたのよ」

くすくすと笑うマリエにノルティは複雑な心境になった。

「一人目…元気な男の子が産まれてね。今も、ふたりめがお腹にいるの。」
「……今、マリエさんは幸せですか…?」
「ええ、幸せよ」

迷うことなく断言したマリエに、ノルティはこの家に来て初めて笑顔を見せた。
その笑顔を見て、でもマリエはすぐに表情を暗くしてしまう。


「でもね、後悔していることもあるの」
「後悔…?」

マリエは手を動かして、赤子を抱きしめるように動かす。
しかしそこには何もなく、その手は空を切るだけだ。

「抱きしめてあげたかった…もっと、一緒に居たかった。わたしの、可愛い可愛い大切な赤ちゃん」
「…!」

ノルティは顔を跳ね上げた。
目が涙の膜に覆われて、視界がぼやける。
マリエはノルティが泣いていることに気がつくと、指でそっと目尻を拭った。
まるでそれは、母が子にするように。


「おかあ…さ」


思わずそう言ってしまった瞬間、玄関のドアがどん!と開き、ガタイの良い男が何かを担いで家に入ってきた。

「おいマリエ! 窓の外側に不審者がいたぞ!」
「あ、あなた、何かあって…!? メイベルさん!?」

俵のように担がれていたのは、メイベルとルビーだった。

「あ、ははは……お、お久しぶりです…マリエさん…」
「いやー流石に見捨てるわけにはいきませんで、えぇ共に捕まりましたよ!運命共同体!」
「メイベル!? ルビー!? 何しているの!?」

あまりの衝撃に涙が引っ込んだノルティが思わず立ち上がって叫ぶ。
時間が止まったような感覚がした。







「不法侵入をしてしまいまして、申し訳ございません」
「右に同じく」
「騙していてごめんなさい……」


三人で土下座である。
マリエは理解が追いついていないらしく、椅子に座ったままきょろきょろと視線を動かしている。
ボーグと名乗ったマリエの夫は、彼らの息子と庭で遊びに行った。


「えっと、つまり…あなたは」


マリエの視線はノルティに止まる。
ノルティは金色の髪のウィッグを外した。そこに現れたのは、マリエと同じ銀色の髪。
本当の色を見た瞬間、マリエは口を手で抑えて涙を流し始めた。

ノルティは顔を上げることが出来ない。
拒絶されても納得できるだなんて豪語したが、そんなの怖いに決まっている。
目をぎゅっと瞑って、手を握りしめて。宣告をただ、ひたすら待つ。




「ノルティ」



何処か懐かしいと感じる声で名前を呼ばれ、ノルティは顔を跳ね上げた。
泣き笑いしている母がぼやけて見える。手を広げたマリエに向かって


「おかあさんっ…!」


公爵家の娘ではなく、ただひとりの母を恋しがる子供として。
ノルティは母親に抱きついた。





その後、メイベルが号泣してそれはもう大変だった。
公爵家に良いイメージを持っていないボーグも、滝のような涙の洪水を見せられて引いていた。
ノルティの義理の弟にあたる彼らの息子は、あっという間にルビーに懐き、明らかな魔法で遊んでいるのだが、いろいろとパニックが起きているヴィオン家でそれを指摘する人間は居ない。

ひとしきり泣いて、笑って、たらふく食べて。
ノルティはすっきりした顔で、玄関に立った。


「ありがとう、お母さん。料理、美味しかった……えっと、また…ね」
「……えぇ、また」
「おねーちゃん、ばいばーい」


新しい繋がりを得て、少女は暖かい家をあとにした。
























「ねぇ、ルビー」
「なんです?」
「わたし、決めたの」
「ほー何をですか?」
「わたし、もう一度過去に飛ぶ。過去に飛んで、姉様と兄様に会うの」
「会ってどうされるんです?」
「会ってね……お説教するんだ」
「えぇ~ノルティさんが説教~?」
「わたしね、今日お母さんに会えて良かった……でも、母様のことも好きなの」
「……」
「わたしは我儘だから、わたしが好きなもの全部が欲しい。兄様も、姉様も。どちらかを選んだりするんじゃなくて、全部全部!」
「…強欲ですねぇ」
「いいのよ、だってわたしは公爵家の令嬢なんだもの。我儘だって言うわ!」


何かを決意したように、銀色の髪が靡く。
その様子を見ながら、ルビーはくすりと笑った。


(あぁ、これで。これでアヴェイロさんを救うことが出来るんですね)



風が吹き始めた。







中の人より


  • 最終更新:2016-12-22 02:09:38

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