運の無い一日 前篇

端末を叩く手を止め伸びをする。
そうすると私の身体からパキパキと音がする。
どうやら色々固まっていたようでちょっとだけ辛い。
「あぁ…体動かしたいなぁ…」
そう呟くとふとハルコタンの黒の領域で百人組手のような事が出来たなぁと思い出した。
「実戦形式での修行か…今日は師匠もいないみたいだし…」
思ったが吉日、早速向かうとしようと部屋を出る。
小さな胸騒ぎを抱えて。


ロビーで手続きをしてキャンプシップに乗り込む。
今の装備はいつもの修行着じゃなくて速度を出す為の戦闘着。
黒と白の剣は軽くて持ちやすい、服もちょっとお腹が出てて恥ずかしいが軽くて頑丈。
実戦形式ということで本気の装備でまとめている。
本当は師匠に見せて組手をしたかったがそれの前準備と考えてもいい。
「…褒めてもらえるかなぁ」
未だ勝つ事の出来ない遠い目標だけどそれでも近づけているのか
なんて考えながら待っているとキャンプシップが大きく揺れる、アラートが鳴り響く。
無理矢理乱気流というよりは無理矢理引き寄せられているようで制御もなにもなかった。
そして僕は揺れに足を取られ頭を打って意識を手放していた。


「ぅ…いたたた…」
目を覚ますとシップの外に放り出されていた。
ズキズキと痛む頭を擦りながら周りを見渡す。
黒と赤が占める世界、およそ人が作り出さないような奇怪な造形、そしてシップの残骸のような何か。
まだぼんやりする頭で情報を整理する、状況と情報を合わせれば一つの答えがぽんと出てくる。
アブダクションだ。
奴等の巣に引き摺り込まれてしまったのだと何とか理解する。
小隊の人と連絡を取ろうと思い端末を取るが衝撃で壊れてしまったのかノイズが走るばかり。
後ろを見れば墜落したシップ、自力で奥に向かうという選択肢しかなかった。
「何とも…運がない…はぁ…」
そんな自分に悪態をつきながら剣を逆手持ち、走って奥に向かう。
重りという枷が無い今の僕にとって、そこまで遠い距離でもないだろうと思った。


「…修行にはなるけど…疲れが抜けない…空気が悪いからかな」
ダーカー、ダーカー、ダーカー、大型ダーカー、浸食された戦闘機。
全てを切り捨ててきたもののフォトン自体があまり体に馴染まない。
疲れが上手く抜くことがに息が上がりつつある。
それだけ連戦であったとも言えるが。
「…ここ、広いな」
眼前には広場があった。
とても広くて、それこそどれだけ暴れても支障が無いくらいには。
予備の通信端末を見れば通信状況がここだけマシのよう。
今ならとかけようとすると背筋に悪寒が走る。
「…まぁ、素直に帰らせてはくれない…か」
前を向けばそこにいるのはファルス・ヒューナル。
僕のモデルとなった【巨躯】の小さい奴、忌々しいダークファルス。
猛き闘争だのなんだのと吠えていて腹立たしい。
「僕は帰りたいんだけど…邪魔するなら、斬る」
イライラとする感情を胸の奥底に押し込み相対する。
「…シッ」
脚に力を込めて思い切り地面を蹴る。
弾丸のように放たれた自身をそのまま肩からぶつけヒューナルの体勢を崩す。
それでも崩れたのはほんの一瞬、すぐに立て直したヒューナルは僕をそのまま抱き潰そうと腕を振るう。

けど、遅い

ヒューナルの脚を蹴りそのまま上に逃げ後ろを取り白の剣を投げつけるとヒューナルの背中に刺さった。
地面を蹴り距離を詰めて白の剣を掴みそのまま横に飛んで引き裂く。
着地するとヒューナルを中心に囲むように走る。
隙を見て飛び刻む、離れればまた囲むように走り隙をうかがう。
それを繰り返すだけ。
真正面から戦う事は嫌いじゃない。
むしろ好ましい事だと思う。
けど、相手がヒューナルやダーカーなら話は別。
卑怯でも汚くてもいい。
僕の人生を歪めた要因の一つに払う敬意は持ち合わせていない。
息が乱れる、呼吸がし辛い、だったら息をやめる。
無呼吸で動ける限り動く。
思考が荒れる、光景が歪む、赤く、紅く染まる。
怒りが、僕を飲み込む。
そして僕は、しくじった。
無呼吸の限界で体が止まり口を開いて息を吸ってしまった。
それを見逃すほどヒューナルも愚かじゃない、動けない僕の腹に拳を振りぬいた。
「がぁっ…!?」
鍛えていた肉体の鎧も衝撃は殺しきれない。
身体が千切れる錯覚に陥りながら吹き飛ばされ地面に転がる。
呼吸が止まる、心臓が変な動きをしている、体が動かない。
視界には迫るヒューナル、その手には刃を持っていた。

殺される

そう理解した僕は言うことを聞かない体を無理矢理動かし胸を強く殴り付ける、変な動きをしていた心臓が元に戻り呼吸が出来るようになった。
荒療治ではあったがまた立てるようにはなった。
「…慢心してたのかな…」
心のどこかで思っていた、本気だから問題ない、枷が無いから問題ない。
それは慢心に他ならない。
自分のミスを何かのせいにするには簡単でまた慢心するのも簡単。
相手を見下せばいい、それだけだ。
情けない、相手を見くびって死ぬなんて許されない、そんなのは師匠に対する冒涜でもある。
「命削連術・紅…解放」
リミットブレイクと共に解放する本気の猛り。
「もうお前にはなにもさせない、ここから先が…僕の…全力だ」
僕は刃を置き拳を握り、地面を思い切り蹴り飛んだ。



「はぁ…はっ…ぁ…っ」
だらりと両腕を垂らし息を整える。
既にヒューナルは満足したのかもういない、本当に傍迷惑な奴だ。
広い空間の真ん中で剣を拾い、そして振り向くと同時に薙ぎ払う。
交錯し後ろに飛び霧散していくのはずっと隠れていた僕のクローンだ。
装備はインガを持っていて、表情は落ち込んでいた。
あの頃の、まだ自信がなくて逃げていた時期の僕のクローンだった。
「ヒューナルと一緒に出てくれば良かったのに…」
そんな自分のクローンに苦笑しながら端末を取り出す。
けど、悪寒が消えていないことに気が付いた。
ヒューナルよりもその悪寒は強まっていて、ただ危険であると脳内に警鐘を響かせていた。
そこに刃を構え視線を送る。
そこにいたのは…


「師匠…ティルトさん…リティ…?」
尊敬し目標である師、コハク。
ああなりたいと憧れる先輩、ティルト。
そして
変わる切っ掛けをくれ、支えてくれた大切な人、リティ。

そのクローンが、負のフォトンで作られ光の無い瞳で僕の事を見ていた。
明確な殺意と共に。



  • 最終更新:2017-04-15 15:12:23

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