時間の花

受け取ったウォパルのデータを眺めながら、紅茶を啜る。
香りの付いていないブラックティーを好む少女は、アダムスピークと書かれた茶葉を嗜んでいた。


"何故、アイデスが狙われなかったのか"


その疑問は、アークスとして活動すると共に、昔の惨劇を見聞きする度に、感じていたことだ。
シャロンは偶然じゃないか、と言った。
確かにそうかもしれない。
でも引っ掛かる。
オラクルとは14年も前からやり取りや貿易があったのだ。公の交流はそれからだが、実際にかなり前から繋がりはあったのだ。

(ハインツは大昔、アークスだったって聞いたことがあるしね)

アフォンソ家に仕える執事長のハインツは今年で確か62歳になる。そのことを考えても、故郷が知られていなかったとは思えない。

ウォパルの惑星に対するデータに、クリスタルの文字はあれど、特におかしな点はない。


(杞憂かしら。………それで終わってくれたらいいのだけど)


データに目を通しながら、ソファに凭れ掛かる。
その紅い目が、とある一文に引き寄せられた。



"時間の花"と書かれた使用品の名。
輸入先はIdes…アイデスだ。



がばりと起き上がると、少女はその項目をなぞっていく。写真資料が添付されていて、それを開くとそこには虹色のバラのような、美しい鉱石が写っていた。


「何でこんな代物がオラクル…違う、ウォパルに?」


調度用ではないだろう。使用品の欄なのだから。だったらどうして…?

"時間の花"はクリスタルの中でも特に名高く、それゆえ手に入らない鉱物だった。
少女の家にはそれなりの数があったが、どれも本来の使い方はされず、飾り物として置かれているだけだ。

魔力やフォトンの力を篭めることが出来るクリスタルとは全く別の用途。
主に通信用や、映像記録などが本来の正しい使い方だ。………神話の中だけど。




大昔、連絡手段が人や鳥だった時代。
もちろん平和でもなく、幾つもの争いが繰り広げられていた。
その時に活躍したのが『波導使い』や『魔女』たち"力を持って生まれし者"である。
自生する時間の花を使い、互いに連絡をとり、ある時は意図的に、ある時は無意識的にそのときの風景映像を鮮明に記録していた。

女神のお告げを聞いたとあるひとりの皇子によって、帝国に平和が訪れた時、力のありし者は迫害されるか、ひっそりと森に消えた、と伝えられている。
実際にその力を行使する場面を殆どの帝国人は見たことがない。そんな神話から感化された小説に出てくるくらいのものだ。


(波導使いや魔女なんて、お伽噺の登場人物って考えが一般的だものね)


しかし少女の顔は浮かないままだ。
平民や下級貴族はそう考えているだろう。少女もそう考えたいと思っている。浪漫だし。
だが、そこに実家の書架で見た"魔女狩り"の記録が頭を過ぎる。


(とてもじゃないけど、時間の花が観賞用とは思えないのよね……)


力がある者が触れれば、本来のクリスタルの能力を引き出せるはずなのだ。波導と魔法は厳密には違うと、弟が話していた気がする。だとしたら。


フォトナーは正しく時間の花を使えていた?


フォトンに適性があって使用出来るなら、幼いころの私と弟が触っても行使出来たはずだ。
だが、それは叶わなかった。つまり、フォトン適性では足りないのだろう。その上をいく選ばれし力を持つもの…フォトナーなら可能だったかもしれない。


新しいコマンドを開いて、オラクルが公表しているデータから、フォトナーの該当者の欄を見る。
該当者はふたり。しかし、実際自由に動けていたのはひとりと言えよう。

ひとりで虚しく通信するわけでもないだろうから、おそらく使用目的は風景記録だろう。

データとして残せば、このように解析されてしまう。何かしらのロックを掛けていても、時間が経てばいつかは解除される。
でも、このクリスタルが記録媒体と誰が知っているのだろうか。色的にもウォパルには合う。自生していても、誰も気に止めないだろう。

(かっこうの隠し記録媒体だったってわけね)

一通り考えた少女はぼふりと再びソファに身を沈めた。
腕を額に当てて、一瞬で構築された"仮説"を整理していく。


アイデスが狙われなかった理由。
狙われてはいたのだ。ただし、人などではなく神話の鉱石が。
オラクルとアイデスの交流が最小限だったのも、時間の花を幼いころから昔話として知っている帝国人をオラクルに入れないように、またオラクルの人間がアイデスに入り、その神話を知ることを吉としなかったからだろう。

そこで、お互いの印象を悪くするために、一芝居打ったのかもしれない。


たまたまその時に産まれた貴族の子供"たち"が、倫理的に受け入れられないと。


やめやめ、と頭を振って少女は立ち上がる。
このことをウォパルを調査しているすずろやセレスあたりには伝えておいた方が良いだろう。
少し考えてから少女はメモを残した。先程までの考えや仮説、全てこと細かくメモする。


(私であることを忘れそうになってたわ)


レイリアは書き終えたメモを満足そうに眺めると、ベッドに入った。この情報について褒めてもらえるだろうと無意識に笑みを浮かべながら。






【中の人より】


  • 最終更新:2016-12-02 22:06:36

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