手遅れ
「ふふっ、下におりて行かなくてよいのですか?」
何となく手持ち無沙汰で、この頃よく訪れている姉の所属している拠点へ向かった。
今日はどうやら復帰したという隊員がやってきたらしい。底抜けに明るい華やかなやり取りが眩しくて、アヴェイロは少し離れた場所で壁に凭れてそれを見ていた。
アヴェイロは隊員ではない。
一隊員の弟、という微妙な立ち位置だ。
基本的にオラクルに居ないため、こちらでの知人はおらず、全ては姉であるレイリアを通しての知り合いだった。
姉とのいざこざについて根掘り葉掘り聞かれてから、何となく居心地は悪いが、ICUに収容され眠り続けているレイリアと、任務で度々空ける兄であるセトゥーバル。どうしてもひとりになる時間は生まれてしまう。
すると、良からぬことを考えてしまうから、アヴェイロは訪問を快諾してくれている隊員たちに甘えて、文字通り「入り浸る」ことが多くなっていた。
だから、隊員たちの会話を前にあと一歩が踏み出せないでいた。
それは自身が完全なる部外者であると認識しているからでこそなのだが、残念ながらアヴェイロは開き直れる程器用な人間ではなかった。
確かすずろと言ったか。
賑わっている輪の中に入ろうとしないアヴェイロを気遣って声を掛けてきたのだろう。
「楽しそうだからな。俺はいい……気を遣わせてすまない」
アヴェイロはその優しさから逃げることを選んだ。卑怯な真似だ、アヴェイロは目を伏せる。
何処と無く元気がないことに気が付いたのだろう。すずろは不思議そうに首を傾げた。
「そう?…ですか? ……あ、ちょっと待っててくださいね!」
何か思い付いたのか、すずろは人懐こい笑みを浮かべて走り去ってしまった。
「一方的に覗いてるだけ、というのは良い趣味ではないしのぅ?」
アヴェイロの遠慮の言葉は、下階層にも聞こえていたらしい。皮肉の混じった招待を受け、アヴェイロは少し不機嫌に眉をひそめる。踵を返し、そのまま拠点から立ち去ろうとすると、奥からティーセットを持ったすずろが戻ってきた。
「…あ、見つかっちゃったみたいですね じゃあこれ、お願いします♪」
すずろに渡されたのは、カップの載ったトレーだった。
*
「下まで運ぶの、手伝ってくださいっ」
そう言うすずろにトレーを渡されて、アヴェイロは少し考えたあとにそれを受け取った。
意固地になったアヴェイロが動きやすいように理由を作ってくれたのだ。それを無下することはとても失礼なことだと感じた。
「………分かった、そうしよう」
「やあ、すずろさん、アヴェイロさん、お茶ありがとう!」
どこか危なっかしくトレーを運ぶアヴェイロと、それを見守るすずろを出迎えたのは、爽やかないい笑顔のアドニスだった。
「じゃ、このテーブルに置いて…っと
お茶がはいりましたよ~ アヴェイロさん、ありがとうございました!」
「あらまぁご丁寧にありが…このイケメンの少年は誰だい」
開口一番そう言われて、アヴェイロは動きを止めた。ちらりと声がした方を伺うとまるで人工物のような綺麗な色をした瞳とかち合い、思わず目を逸らす。
「あー、この子はアヴェイロさん。レイリアさんの弟さんなの」
「へぇ、こんな凛々しい弟くんが」
果たして今言われた言葉は自分に対してだったのか。そういう意味でも迂闊に返事が出来ずに固まっていたアヴェイロに、アトリウスが助け舟を出した。
「アヴェイロだ。今はこの隊の世話になっている」
「そっちはレイリアの、のぅ…」
また知らない誰かがレイリアの名前を紡ぐ。
黒髪の小柄な女性だ。口調と声から先ほどの挨拶の主なのだろう。
ぶっきらぼうに名乗り、アヴェイロは隊員たちからまた少し離れた場所に陣取った。
「レイリアさんの弟さんなんですよね! そういえば、レイリアさんはお元気なんでしょうかっ あたしが戻ってきてから、まだ会えてないんですよね~ 」
「あぁ…そういえばレイリアちゃんの顔、最近見てないですね」
快活そうなポニーテールの女性…以前挨拶を交わしたイルマとすずろがこの頃めっきり姿を見せなくなったレイリアを心配して問うてきた。
アヴェイロは少しだけ目を伏せる。どうしようもないと分かっていることでも、やはり他人に自分の口から伝えることは辛いことだった。
「アヴェイロさん、あえてアヴさんと呼ぶね! 我輩、アヴさんも仲間だと思っているよ。悩みや不安があったら言って欲しいな」
そんなアヴェイロの心情を察したのか。
アドニスが言いだしやすいように先回りをしてくれた。
またもや気を遣わせてしまったことに自身への苛立ちを募らせながら、アヴェイロはたどたどしい口調で話しだした。
「レイリアは…姉は今、集中治療室にいる。 様態は安定したそうだが、意識が戻らない。」
束の間の無音が辺りを包む。
唐突に告げられた現状に、まだ知らない隊員たちは大層驚いたようだ。
「えっ ええ…!? レイリアさん、任務で怪我とかしちゃったんでしょうか…!?」
「……初耳だな」
「何があってそうなったんじゃ…」
「意識は戻らない、か。でも安定はしたんだね」
「一応、ヤマは越えたってトコかしらね…」
アヴェイロと同じ時に知らされた隊員たちは、安堵したようにため息をつく。
「レイリアさんは今、その怪我? 病気? と戦ってる真っ最中ってわけですか…!」
イルマが何かに突き動かされるように、そわそわと動き出す。それを和服の男性…コハクが落ち着かせるように頭を押さえた。
「……分からないんだ、どうして姉が倒れたのか。任務中に怪我をしたという記録もない。」
「そ、そうなんですか!? うう…」
「……壊れたのは器じゃなく中身のほうか」
コハクが悟ったように呟いた。アヴェイロも新たに医者から告げられた言葉を伝える。
「医者が言っていた。"心の問題じゃないか"と」
「心…」
「心因性ってことか……そういえばあの子、二面性というか、アレがあったよね、アレ… 」
すずろが何かに気が付いた様子で手を握りしめる。アーデルハイドは手を顎に当てて、いつかの記憶を引っ張り出しているようだ。
「以前アヴさんから経緯は聞いているけど…事情が事情だけに説明が難しくてね。皆、黙っていてごめんね」
アドニスが皆に伝えれなかった事を謝罪した。
「え、心…ですか?」
そんな中、イルマには思い当たる節はないようで、周りの反応に首を傾げながら疑問を投げかけた。
「今までのレイリアを見てりゃわかるだろう、あいつがどれだけ不安定だったかがな」
「レイリアさんって、いつも明るくて素直な人だったと思うんですけど…不安定だったんですか?」
「イルマは知らねぇか、まぁ無理もねぇ」
「色々あったのは、ちょうどイルマさんが修行してる頃だったからねー」
イルマは最近になってオラクルに帰ってきた。
レイリアと知り合いではあるものの、異変が起こった時期にはここにはいなかったのだ。
「あたしが知らないうちに、レイリアさんに何かあったんですか…あんな人が心を病んじゃうなんて、一体何が…」
「正しくは、C隊に来る前から心を病んでいた、かな」
「イルマ、お前さん今すぐその筋肉馬鹿を直してドミナみてぇに淑やかにしろ…なんて言われたら持たねぇだろう?」
「ええ…!? ちっとも気づきませんでした…だめですね、あたし…そ、そんなことできるわけないですよ…!一日にも持たない自信があります!」
「レイリアはこっちに来る以前からそれを無理やりやってた、おそらくはそれが大きな原因のひとつだろうよ」
アドニスの説明と、コハクの例えを聞いてイルマは絶句した。途方もないことだと、理解出来たからだ。
「何か、私達に出来ることは…」
「まあ、そうだね。大事なのはこれからだ」
「あぁ、なっちまったもんを嘆いててもレイリアの力にはなれねぇしな」
すずろが心配そうに呟く。顔色が悪いようにも感じた。コハクもこれからを考えようとするが、生憎渦中のレイリアに届けることは出来ない。
「…実はアヴさんがレイリアさんの病室に向かった後も兄君…セトゥーバルさんと話はしていたんだけど」
「兄と?」
「うん。それで、その話から、レイリアさんが回復する方向性は、大体二つくらいじゃないかって思っているんだ」
そこにアドニスがゆっくりと口を開いた。提案されるふたつの方法にアヴェイロは目を見開く。
「一つ目は、今までと同じ対処療法。…詳しいことは兄君に聞くべきだろうけど、まあ、つまり暗示だね」
「暗示… また姉に現状を強いるということか」
「そうだね。我慢できないことを、何らかの形で解消してしまう。自覚できないようにね。まあ、これはメディカルでも検討しているだろうし、できるならやっていると思う」
そして、とアドニスはもうひとつ指を立てる。
「もう一つの方向性は、人格の再統合、だね」
「"赤"と呼ばれるもうひとつの人格との統合、ということか?」
「ごめんね、要するに、そう。単に全てを飲み込んで立ち直ってもらう、ということ」
「……それは、可能、なのか…?」
とんでもなく無謀な方法なのではないか、とアヴェイロは思った。
それはレイリアを知る隊員たちも感じたらしい。
「根本から解決できそうな方向ではあるが、赤目が生まれた理由を考えると負担はでかそうだな」
「道のりは、厳しそうですが…」
「コハクさんが言うように、負担は大きい。現に、それができないからレイリアさんはそんな状態なんだしね」
アドニスも難しい、と考えているらしい。
コハクもすずろも不可能に近いと考えているのだろう。でも、レイリアを救うやり方としてはこの方法が一番ということも分かっている。
「二つの方向性は、簡単に言うと「なかった事にして今まで通りにする」か「全てを受け入れて前に進む」かって事ね」
「流石に人格が一つになるってなるとどうなるかまるで分かんねぇな…」
アトリウスが簡潔にまとめ、その場に居合わせた巨漢…カリオンも経緯が分からずとも難しいと難色を示す。
「よく分かりませんけど、負担がとっても重いならあたしたちが一緒に担げないんでしょうか!」
「イルマさん良いこと言ったね。そう、レイリアさんが精神的に「誰かを頼る」ことができるなら、可能性はあるんだ」
イルマが手を挙げて、そんな提案をした。
アドニスは柔らかく笑って、小さな可能性を示した。
「誰かを頼る…ですか? レイリアさんは、これまでずっと一人で頑張ってきたってことでしょうか…それって…すごく辛いことだったでしょうね…」
イルマの言葉に、アヴェイロは頭を殴られたような錯覚を起こした。
結局、自分はあれだけ傍にいて、姉の異変も決意も何もかも見えていなかったのだ。そしてなにより「助けになっていなかった」という事実がアヴェイロを苦しめた。
「だが今までそれを禁忌とすら取っていたように見えたあいつが、今更人を頼れるか?」
「そこが難しいんだよね。ただ、心の支えは必ずしも人とは限らないし、一つでもない。皆だってそうだよね」
アドニスの問いにイルマが飛び上がって答える。
「あたしは家族や、C隊のみなさんが一緒にいてくれるから毎日がんばれてます!」
ふいに掛けられたコハクからの言葉に、アヴェイロは唇を噛んだ。
「お前さんはあいつに手を差し伸べやすい位置にいるはずだ、だが少なくとも、今のお前にはあいつも頼れねぇだろうな。あいつの抱えてるもんは重過ぎる、だがお前さんは無理にでも支えようとするだろう、自分が折れそうになっても…違うか?」
図星だったからだ。
昔、まだ故郷<アイデス>に居た頃。自分より小さいはずの姉の背中が大きく感じたことが多々あった。たくさんの意識的な悪意の塊から、アヴェイロを守ってくれた小さな背中。悔しかった、どうしてレイリアばかり傷付かないといけないのか。いつからかそんな姉を守りたいと強く思うようになった。でも、いつも力不足で。それがとても悔しくて。
―――そう、例えこの身に変えても守りたい。
そう、願うようになったというのに。
「なるほどね、愛情の形が違えばすれ違いもするかー」
アヴェイロの表情を見て、アドニスは感じていた違和感の正体に至ったらしい。
「うーん、アヴさん、愛情の形として間違っているとは思わないけど、ちょっと相手の甘えが見えない気がするなあ」
「相手の甘え…?」
「何と言うか、お互いに甘えてない気がする」
「甘え方を知らないんじゃない?話を聞いてると、甘え方、頼り方を覚えられる環境じゃない気がするね」
「甘え方も頼り方も知らねぇのに頼られる存在であろうとしたか、滑稽な話だな」
よく分からない単語が飛び交って、アヴェイロは理解が追いつかず固まってしまった。
甘え方、頼り方…もちろん単語としての意味は理解している。だが、それがどうして姉と自分との関係に繋がるのか、意味が分からない。
「あー、環境かあ。なら難しいかあ。うんとね、アヴさん、アヴさんの想いは分かるんだけどね……アヴさん自身は同じく持っているはずの感情を抑えちゃっているんだ。嫌わないで、とか、そういう感情とかない?」
理解できていないアヴェイロを配慮して、アドニスは噛み砕きやすく例えを話す。
"嫌わないで"という言葉に、思い当たる節があって少し目を見開いた。
「…貴方たちは嫌われたくない、と思う人はいないのか?」
それはアヴェイロにとって、至極真っ当な問いかけだった。
思ったことを言う、そんな我儘な方法は嫌われる者が虚勢のために吐く言い訳だとすらアヴェイロは思っている。それが良い方法だなんて、一体このオラクルという場所はどれだけ能天気なのかと、なんて頭が幸せなのだろうと、軽蔑すらし得る内容だ。
「…? そりゃ、できれば誰にも嫌われたくないですけど…」
「居るぜ?だが俺が嫌われたくねぇと自分の思いをひた隠しにすりゃ余計嫌われるだろうな」
「嫌われたくないからさらけ出すのさ。お互いにね。これは私流だけど」
斜め上を行く回答に、アヴェイロは危機感を覚えた。
間違いなくレイリアはこの意味の分からないことを言う連中に毒されている。昏睡してしまったのも、彼らとの交流のせいではないのだろうか。
「うん。嫌われたくないけど、愛情は信じられる」
「……そうか。 俺にはとても出来そうにない。」
頼みの綱であったアドニスにとどめを刺され、アヴェイロはカラカラに乾いた口からかすれた音を出した。
「兄貴の言う通りだ、嫌われねぇようにと腫物を触るみてぇに接してちゃいつか限界がくる、それよりもこれぐれぇじゃ嫌われねぇだろうと、少しずつでも相手を信じてみたらどうだ? それが相手に頼る、甘えるってことじゃねぇのか?」
「あたしはドミナちゃんにも、ストレートに気持ちをぶつけてましたよ! 好きだから、仲直りしたいって!」
「これが正解かどうかはわからねぇし保証もねぇが、少なくともここに成功例が居ることだしな」
コハクがイルマの頭をぽんぽんと撫でた。
その光景がアヴェイロには異様に見えて仕方がない。アヴェイロは考えることを止めた。
「うーん、そうだね、アヴさん、まずレイリアさんの手を握ることはできるかい?」
「手を…? 緊急時以外は触ったことはないな…」
「おおっと、それはいけないね」
「そりゃつまり理由がなきゃ握れねぇってことかよ…」
アドニスの問いに真面目に答えたというのに、何故か呆れられてしまった。
理由なしに姉とはいえ女性に触れるなど言語両断だ。そんな貞操感覚の低い人間になりたいとは思わない。
だが、そう考えているのはこの場ではアヴェイロだけだったようだ。
「つうかお前さん、そもそも女の手ェ握ったことあんのか?」
「年齢上社交界に出たことがないが、学院の文化祭などでダンスを踊ったことはあるぞ?」
とても失礼な質問をされた。
だが、これもこちらでは挨拶と同等な質問なのだろう。そう見切りをつけてアヴェイロは少し考えたあとにこう答えた。
「……あー、駄目だこいつ、俺より人間味ねぇんじゃねぇか?」
「こ、コハクさん、言い過ぎですってば…!」
またもやとてつもなく失礼な評価をくだされた。
アヴェイロは常に誰かに見られている立場だ。少しの騒ぎもアヴェイロがいるだけで大事になるということは日常茶飯事。
惚れたの腫れたの、好いも嫌いも迷惑を被ることの方が多い。さらに、出自が出自で特に女性関係には好奇と悪意の視線を注がれている。
「家柄的にもあまり特定の誰かといることは好ましくないんだ」
だからこそ特定の友人は持たないようにいつも気を張っている。
ただでさえ自分は注目の的にされやすい素性なのだ。気を抜けと言われても無理な話だ。
「家柄なんてこの際どうでもいいじゃないですかっ」
イルマに無責任に返された答えにアヴェイロは苛立ちを覚えた。
確かにこんな野放しのオラクルでは、そんなもの些細な事柄だろう。でも、本来の自分やレイリアの置かれていた環境は家柄が全てだ。そのために家族を殺すことこそ当たり前だというのに。
兄だって、自分たちには言わないが家を出た理由はそれだろう。親友を毒殺されてしまったのだから。
「ひでぇ経歴だな…例えばそこの高級素体をお使いのキャストの手でも握ってみたらどうだ? 多少は心に響くもんがあんだろ…さっき自慢したがってたしな」
「なになにさわっちゃう?」
「………遠慮しておく」
「ちっ お年頃で恥ずかしくて触れないとかだったら可愛げがあったのに!」
コハクが顎で差した先にいたアーデルハイドを、アヴェイロは拒絶した。
どう考えてもろくなことにならない。
「……意気地がねぇ奴だな」
「そういう貴方は、だらしがないんだな」
「ふん、握手なんてのは挨拶みてぇなもんだぜ、甲斐性無しが」
コハクとアヴェイロの口喧嘩が水面下で勃発する。
見本というようにコハクは青筋が浮かんだ物騒極まりない手をアーデルハイドに差し出した。
「ま、要学習というところかなぁ?」
そんな手を無視するように両手で包みこんでコハクの手の甲をいじいじする仕草をする。
莫迦にした態度に堪忍袋の緒が切れたのか、コハクはアーデルハイドの手を潰す勢いで握り返した。
「まあ、アヴさんはレイリアさんの手をしっかり握ってあげてね!」
もう見慣れたやりとりなのか。アドニスが爽やかに笑って〆る。
「あれ? あ、そういえばアヴェイロさんはレイリアさんと喧嘩したことってあります?」
イルマが思いついたかのようにアヴェイロに聞いた。
アヴェイロは少しだけ考えて、首を振ってから答える。
「……記憶上、この間の一度きりだな」
未だにアヴェイロはレイリアが怒った理由を分からずにいるのだが。
「あっ この前したんですね! それならいいのかなぁ…なんだか、レイリアさんと全然本音で接してない気がしたので、喧嘩もしてないのかな~って思っちゃったので!兄弟って、信頼もするし喧嘩もするものです! どちらも、相手に本音を伝えなきゃきっとできませんっ」
「フフ、レディの許可なく触れるのはマナー違反だろうけど、身内は例外というものさ」
「そんならあいつに触れて、お前が自分で読み取ってやれ、それぐらいやってみせろ」
触れて、意志を読み取る。
なんだか動物みたいだとアヴェイロはぼんやりと思った。
「どちらにせよ、今この瞬間に解決する方法はないの。時間をかけて少しずつ進むしかないわね」
「というか、アヴさんの第一歩は眠っているレイリアさんの手をしっかり握ることだからね?」
「……姉の許可なく手を握るのか」
「さっき言った例外さ」
アドニスの澄ました笑顔が憎たらしい。
すると、奥から吹き出す音がする。
「聞きました!? 許可ですって…! あはは、おっかしい~手を握ったり、抱きしめたりするのに許可がいる家族なんて、この世にありませんよ! 法律でだって縛れやしません!あ~久しぶりに心の底から笑いました…っ お腹痛いです…!」
家族を抱きしめる。それは、アヴェイロとレイリアを苦しめていた継母も含まれるのだと分かって、アヴェイロは寒気に襲われた。頭痛すらする。家族という塊ほど恐ろしいものはないのに、この人間たちは何を言っているのだろうか。まるで平民たちのような綺麗事を言っている……そうか、彼らにはそういう階級がない。あるとしても故郷より強固な絶対的なものではないのだ。だから、そんな恐ろしいことをあっさり言ってのけてしまう。
アヴェイロはレイリアを取り巻く今の環境を悪だと結論付けた。
こんな野蛮な場所だと分かっていたら、絶対に行かせなかったというのに。
――レイリアを連れてアイデスに帰ろう。
アヴェイロはそう決意して、だがそれを悟られないように当たり障りのない返答をした。
*
だから言いたくなかったんだ、とアヴェイロはげんなりとした。親族だけに一時的に面会が認められたレイリアの収容された部屋で、その場に似合わない大爆笑が繰り広げられていた。
「ひぃ…腹が、腹が死ぬ…!お前それでレイリアの手を握れって言われたのかよ…!ふ、ふははは!!」
任務から帰ってきたセトゥーバルは、何か思い詰めている弟を目敏く察知して理由を問い質した。
決意は伏せたが、拠点に行っていたこと、そこで言われたことを簡潔に話すと、それを聞いていた兄の肩が震えだしたのだ。
「いや〜 そう来たか…ん?こっちの話だよ。分かってるとは思うが全ての事柄はレイリアが目覚めてからだぞ?」
「…分かっている」
こちらの思惑を見透かされたような牽制に、アヴェイロは半呼吸おいてから返事を返した。これでは、考えていることがバレバレだ。
セトゥーバルはそんなアヴェイロには気にもせず、ベッドの横に置かれたイスに座り、ぽんぽんともうひとつの空いたイス…アヴェイロの分のイスを叩いた。
「ほれ、座ってみろ」
「………」
無言でイスに座る。
セトゥーバルは布団からレイリアの左腕を出し、いとも簡単にレイリアの手を柔く握った。
それを何とも思わず眺めていると、ふいにセトゥーバルが話し出す。
「少し荒れてるし、気持ち硬くなったな」
「……」
「家事を自分でこなしてるのなら、手が荒れてもおかしくない。武器を担いでエネミーと戦っているのなら、マメが出来ても…おお、小さいけどあるな」
何度かレイリアの手を触ったことがある。
柔らかくて小さくて、とても綺麗な手だったのに。
セトゥーバルに遊ばれている意思のない手は、その記憶からかけ離れたものだった。
「アヴ、手を出せ」
「………」
少し腕を上げると、ガシッと捕まれそのまま連れていかれる。
触れた手は布団の中にいたからか、暖かい。それは、レイリアが生きているという証拠であり、アヴェイロは目を瞑って安堵した。
(レイリア、お前が目を覚ましたらここから救い出そう。 ……身勝手な俺を許して欲しい)
そう、決意を新たにした。
「アヴ、お前これからも小隊に顔を出せ」
「……何故ですか?」
面会後、病室の前でセトゥーバルにそう言われ、アヴェイロは眉をひそめた。もうあの場に行くつもりはなかったからだ。
「なーに、レイリアがどうしてああなったのかを知るには丁度いい。 百聞は一見に如かずって言うだろ?」
「…………」
あの隊員たちの歪さは先程の会話で痛いほど理解した。
だからこそ、もう関わり合いたくないのだが、どうやら兄の思惑は違うらしい。大人しく従うことが懸命だと感じた。
「兄上、髪色を戻されたんですね」
「…おー、そうだな。俺的には前の銀というか白というか色素が抜けた色も好きだったんだけどよ……忙しくて染めてる暇がなくて2色になってる時に地色が似合ってるって言われてな」
セトゥーバルは以前のレイリアとアヴェイロと同じ色に戻っていたのだ。
親友を殺されて、それから公爵という立場への反抗としてやっていたことだとアヴェイロは認識していた。だから
「もう、あの方のことは忘れられたのですか」
「馬鹿言うなよ? 忘れるわけねーだろ」
くしゃりと髪をかき混ぜられる。嫌そうにその手を振り払うと、セトゥーバルは穏やかに笑っていた。
【中の人より】
- 最終更新:2017-03-25 11:33:49