君がため



「バルくん!」
「ん?」


白く長い髪を揺らし、息を切らしながら駆け込んできた少女にセトゥーバルは、書き物をしていた手を止めて顔を上げた。


「どうかしたのかマトイ」
「いま、指令室から連絡があってね…! バルくんの弟さんがダーカーの巣に…アブダクションされたって…!」
「アヴェイロが?」


オラクルに暫く滞在することになったアヴェイロは、セトゥーバルの家に居候していた。
同じ屋根の下で暮らしているとは言えど、元々兄と義弟の関係は良好ではない。
アヴェイロは積極的に関わろうとはしないが、セトゥーバルの決めた「挨拶はきちんとする」という約束は律儀に守っていた。

お互いが一緒にいた時間は短い。
アヴェイロが引き取られてきた時には、セトゥーバルはもう寮生活を始めていたし、彼が12の時に出奔してしまっている。
正確には、「仲が悪い」というよりも、「どう接したらいいか分からない」のである。
セトゥーバルもセトゥーバルで、無理に構ったりするつもりもない。
あくまでレイリアがセトゥーバルを兄として認めているから、アヴェイロもそれに従っている。無意識ながらであるが、実の所そんな間柄なのだ。


その込み入った事情を知らないマトイは、セトゥーバルの淡白な返答に戸惑ってしまったらしい。


「し、心配じゃないの…? ほら、この頃クローンの報告もあるし、しかも…」
「そいつの大切な人が現れるってやつか」
「うん… バルくんとか、今眠っている妹さんとか。そのクローンと対峙して、弟さんは大丈夫……?」


マトイは俯いてそう言った。
おそらく、彼女にとって生命より大切なあいつを思い出しているのだろう。
ぐしゃり、とマトイの髪の毛をかき混ぜるように頭を撫でる。
驚いたマトイは顔をはね上げ、手で頭を押さえた。


「大丈夫だよ、だってあいつは……」











『アヴェイロさん! ほら起きて!起きろこのすっとこどっこい!』


何かが燃える音が響いている。
アヴェイロは体を起こして、軽く頭を降った。
ぼんやりと正常に戻ってきた視力の先で、アヴェイロのマグが忙しそうに駆け回っていた。
周りを見渡すと、動かなくなったダーカーの亡骸が溶けて消えていく。


「ルビィアか」
『そうです!ルビーちゃんが死にかけのアヴェイロさんを助けてるんです!ほら!何か言う事ありますよね!?』
「お前、俺のマグに何しやがった」
『違う!そうじゃない!ワタシはお礼を求めてんですよ!』


そんな音声を流しながらも、マグは火炎攻撃を止めない。
明らかにマグ本来の出力を超えたビームが口の部分から出ている。


「ここは…どこだ」
『座標的に、ダーカーの巣ですね アブダクられたんですよアヴェイロさん』
「……通信もダメか。どうしてお前の声は聞こえているんだ」
『ほら、前アヴェイロさんがアークスになって初めて帰ってきたときにマグを見せて貰ったじゃないですかー、その時にチョチョイのチョイと…』
「ほう」
『いやいやいやいや、アヴェイロさんの生命危機の時しか繋げれないようにしてましたからね!? プライベート覗き見とかそんな趣味ないですよワタシ!!?』


細い刃を構え、息を吐く。
刹那。現れた新しい敵にアヴェイロは切り込んで行った。


『いきなりエマージェンシー鳴り響いてびっくらこいたワタシの身にもなってくださいよ!』


ドカンドカンと炎は止まない。
シャキンシャキンと慈悲のない攻撃は止むことを知らない。


『このまま真っ直ぐ進んで下さい。開けた場所に出ますから、敵も沸きますが救助班も見つけやすいです………あ"ーでもやな予感がする…!胃がむかむかします!』


ルビィアの声を聞いて、アヴェイロは気を引き締めた。
あんなちゃらんぽらんだが、能力は文句のつけ所がない。第六感も獣並だ。そんな彼女が言うやな予感。何事もなく帰れるとは思えない。
緊張感を維持したまま、開けた大地へとやってくる。



その場は静寂に包まれていた。
そこへ音もなく現れたモノに、アヴェイロの動きが止まる。



「レイリア…?」



ゆっくりと顔を上げたその人物は、姉と瓜二つの顔をしていた。



『アヴェイロさん危ない!』



レイリアの姿をしたそれは、一寸の迷いもなくアヴェイロに向かって弓を射った。
動けないアヴェイロの前に飛び出したマグが瞬間的にバリアを張る。
一撃が重いバレットボウの威力に相殺され、バリアは音を立てて割れた。

自身に向けられた明確な"殺意"に、呆然とアヴェイロは立ち尽くしている。


『アヴェイロさんしっかりしてください!あれはレイリアさんを象った偽物です!レイリアさんじゃない!』
「レイリアじゃない…?」
『あの人は、どうであれ貴方を殺せるような御方ではないです!』


そうだ、レイリアはまだ眠り続けている。
じゃあ、あれはなんだ。
なぜ、あれはレイリアの姿をとっている。




ルビィアがレイリアの足元に炎弾を放つ。地面が焼かれ煙が上がり、レイリアが咄嗟に後ろへ距離を取ろうとした瞬間を見逃さない。
弓は構えてから弦いっぱいにひかなければ威力は無に等しい。つまり、チャージする時間を要する武器種だ。
それに対してアヴェイロが今日携帯していたのはカタナ。細くて軽いため、機動力が高い。

一瞬で距離を詰め迷いなく斬りあげる。
宙に舞ったのは弓ではなく、レイリアの片腕だった。そのまま腹を蹴り、レイリアは遠くへ飛ばされる。
悲鳴もあげず、無機質のように転がる偽物にアヴェイロは刃を突き立てようと飛んだ。

突き刺した刃は地面を抉る。
それを交わしたレイリアの手にはアサルトライフルが握られていた。千切れていない反対側の手で撃ち込む。こちらの機動力を削ぎ落とすために脚を狙うそのやり方に、アヴェイロは頭に血が上ったような感覚に襲われた。


レイリアではないレイリアに、ありったけの殺意を向けて。







アヴェイロの頭上でその惨劇を無言で見ていたルビィアは、救助班のキャンプシップが近付いてきていることに気が付いた。

膝を付き、カタナを杖にして息を乱しているアヴェイロの前には、文字通り八つ裂きにされた"レイリアを象ったモノ"があった。
もう顔すら判別出来ない。木っ端微塵に切り刻まれている。


どんな言葉を掛けたらいいのか分からないのだ。
彼がどうしようもなく"手遅れ"なのではないかと。そう頭を過ぎった絶望に、無理やり蓋をして。






**





「もし、クローン体としてレイリアが出てきたら、あいつなら怒り狂って倒しに掛かるさ。躊躇なんてしない」
「お姉さんを……殺すことと同義でも?」
「んー、そうは捕えないな。寧ろレイリアの姿を取ったことへの怒りが勝る。なんせクローンである以上、そのレイリアはアヴェイロを殺そうとしてくるんだろ?……そんなレイリアはレイリアじゃないんだよ。あいつの偶像はそんなことはしないからな」
「………バルくん、それって…」


マトイは言葉を失った。
それはアヴェイロの願い通りにレイリアが立ち回らなければ、レイリアはアヴェイロによって殺されてしまうということではないのか。

マトイは、眠り続けているレイリアを献身的に見舞うアヴェイロの姿を幾度もなく目撃している。
それは、姉を大切に思うが故の行動だと思っていた。全ては姉に捧げて、護ろうとする騎士のようだと憧れを抱いたぐらいだ。
だが。


「そんなの…まるで………」













レイリアのクローン体が塵となって消えた頃、アヴェイロの上空にキャンプシップが現れた。

アヴェイロはぼんやりとそれを見上げ、到着を待つ。
今まで自身がなにをしていたのか分からなかった。覚えていない、というのが正しい。
すると、アヴェイロを青白い光が包んだ。
ルビィアによる体力回復の魔法だ。


『肉眼でも確認。アヴェイロさんの救助班ですね』
「そう、みたいだな………もう大丈夫だ。それにレイリアの面会時間が近い。レイリアのためにオラクルへ戻らないと」
『そう…ですね。また緊急事態時に』
「ああ」








***





アヴェイロのいる場所から遙か遠く。アイデスの地において、ぷつりと接続を切ったルビィアは椅子に凭れ掛かった。眼鏡を外し、腕で目を覆う。


(アヴェイロさん…わたしには、レイリアさんのためではなく、アヴェイロさん自身のために動いているとしか思えませんよ……)


深い、溜め息が零れた。

  • 最終更新:2017-04-21 22:44:42

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