亜麻色の髪の乙女04


人の波に揉まれながら、レイリアは大きな百貨店の中にいた。
どうしてこんな場所にいるのか。それはただ単にウォパルの方言のような言語を話すパワフルなお姉さまの行進に巻き込まれたに過ぎないのだが。


(で、デパートメントって地球ではこんなに大規模なものなの…!?)


アイデスにも帝都にデパートメント、百貨店は存在する。しかし幾らか文明の発達が遅れている上に保守的な故郷のものは、二階建てでこのような動く階段など存在しない。

何とか辿り着いた比較的空いているフロアで、レイリアは大きく息を吐いた。


(さっきのオバサンたちは地下のお惣菜がどうのって言ってたわね…地下は地獄…と)


とりあえず地下には近付かないように、デパートメントから出ようとするも、出口が見つからない。色々と表示で丁寧に案内されているものの、情報量が多すぎて逆に分からないのだ。


「っ、すみませ」
「おっと、ごめんなさいね」


これ詰んだと後退る。すると、後ろを通った綺麗な女性にぶつかってしまった。
慌てて頭を下げる。顔を上げると、それはとても綺麗な女性だった。


「ごめんなさい、前を見ていなかったわ」
「い、いえ…こちらこそ不注意で」


にこりと微笑まれ、ドギマギしてしまう。
オペラの女優かなにかだろうか。それくらいの美貌の持ち主だった。


「……藤原?」


その後から、大きな紙袋をいくつも担いだ見覚えのある青年が顔を出した。


「あら? 黒木く」
「藤原!?…あなたが藤原さん!!?」


ガシリと肩を掴まれ、レイリアは舌を噛みそうになった。


「あなたがそうなのねー! やだ可愛い〜」
「あのっ、ちょっと…!」
「……母さん、困ってるだろ」


そのまま頬擦りされ、成すがままのレイリアに紡からの助け舟が出された。
「何よ〜挨拶じゃない!」とむくれながらレイリアから離れた女性は、驚いたことに紡の母親らしい。自身の知る母親像とかけ離れた姿に、レイリアは目を丸くするばかりだ。


「初めまして!桐生…じゃないわね、黒木綾子です。」


名乗ろうとして、レイリアは未だに紡にも本名を伝えていないことに気が付いた。もう隠す程見知らぬ他人でもないし、日本人ではないことを彼は初対面のころから知っている。
それでも。
それでも知られることが怖いと感じてしまった。どうしてそう思ったのか、今のレイリアには分からないけれど。

チラリと紡を盗み見て、何故か彼の顔色が真っ青なことに気が付いた。
どうかしたのかと聞きたいけれど、今は彼の母親への挨拶が先だ。


「初めまして、藤原怜と申します。…紡くんのお母さん」


その言葉を聞いた綾子は目を見開いた。意図が分からなくてレイリアは首を傾げる。紡は気まずそうに、でもほんの少し嬉しそうに顔を背けた。


「お母さん…うん、そうね。そうだわ当たり前じゃない…! はいそうです。紡のお母さんです」


綾子は心底嬉しそうに何度も頷いた。
レイリアはまだ意図が分からない。でも、おそらく聞いても答えてくれないのだろう。

だってふたりの顔は、とても嬉しそうだったから。
レイリアは何故か満足したのだ。














「"紡くんのお母さん"か〜」
「しつこいぞ、母さん」
「いいじゃない! 初めて言われたんだもの…ふふっ 藤原さん、いい子ね〜」
「……ずっと外国に住んでたみたいだから、単に母さんのことを知らなかっただけかもしれないぞ」


疑い深い愛息子に、綾子は口を弛ませた。
「桐生綾子」というブランドがひとり歩きして、「黒木綾子」も、その息子である「黒木紡」も付属品としか見なされない。
だからいつも紡に掛けられる言葉は「桐生綾子の息子さん」、というものだった。それがどうだ。あの艶やかな金髪の少女は迷いもせず「紡くんのお母さん」と言ったのだ。
あくまでメインは紡なのだと、彼女にとって大切なのは紡であり、綾子はその付属品に過ぎないのだということが無意識ながらもたった一言で表現されたのだ。
それがたまらなく嬉しい。
紡だって嬉しかったに違いない。今こうやって拗ねているのも、彼女が自分がそうあって欲しいと願った言葉を言ってくれたからだ。そしてその事に安堵していた自分に照れている。だから綾子にささやかな八つ当たりをしているのだ。


「よぉ〜し、景気づけにもう一件いくわよ!」
「まじかよ…」


げんなりとした表情で、でも少しだけ機嫌の良さそうな息子の顔を見て、綾子はまた嬉しくなった。

  • 最終更新:2017-04-08 23:28:38

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