運の無い一日 後編

久しく起こしていなかった思考停止。
目の前にいるのは小隊のメンバーであり師匠、先輩、恩人とくれば訳も分からなくなる。
間違いなくここはダーカーの巣窟、ここに現状いる生物は僕以外にいるはずがない。
そしてそれなのに存在する三人の正体は必然としてクローン、模倣体と呼ばれる物に絞られる。
敗者のような人物もいる、素直に考えればこのような事態に陥るのなんて分かることだった。
「…なんで…ここに…」
しかし、連戦に次ぐ連戦、そしてヒューナルとの戦闘、自分のクローンを処断。
極限状態に近い時間を過ごした僕の思考能力は停止していた。
だから次に起きた事態にすぐに対処できなかった。
突如腹部に強い衝撃を受けた。
身体が持ち上げられ身体がくの字に曲げられる。
「ごぁっ!?」
良く身体を見れば師匠の左腕が僕の腹部に突き刺さっていた、そして、視界が歪む。
恐らくだが師匠の右拳が僕の顔面を捉えたのだろう。
その膂力のまま壁へと吹き飛ばされ体を打ち付けた。
衝撃で呼吸が止まり、視界が白く染まる。
「ぐぁっ…」
ようやく頭の回転が戻ってくる、今理解できることは動かなければ殺されるという事だ。
しかしお腹に受けたダメージと顎を撃ち抜かれたせいで視界が歪み歩く事も出来ない。
壁に体勢を預けて何とか立っているので精いっぱいだ。
直後、強烈な悪寒がまた走った。
動かない脚に無理矢理力を込めて地面を蹴りその場を横に飛ぶ、そして耳に届いたのは着弾音。
視界の歪みが収まりその方向を見る。
間違いない、リティの銃だ。
あれに当たるのはまずい、リティならばまず足を狙い機動力を下げるのを狙うだろう、前衛が二人いるなら余計に。
ティルトさんのクローンは負のフォトンで良く見えないが槍らしきものを持って丁度師匠とリティの間を保つように移動していた。
近、中、遠の距離バランスの取れたパーティーで忌々しく思い思わず舌打ちをした。
ただでさえ戦いにくいというのに戦術でのバランスも取ってきた。
「師匠を抜けば…恐らくティルトさんは抜ける…それでまずリティを取る…!」
この面々で一番厄介なのは遠距離で攻撃してくるリティであり最優先排除対象だった。
(脚を撃たれる前に…何とかしないと…!!)
頭の中ではそう考えるがそれを実行に移すのには天高く聳える壁を抜けていく必要がある。
それこそ、師匠を隙を見て後ろに抜けるという事。
まさに難攻不落の砦のように感じる。
今まさにダガー同士で交戦しているもののむしろ押されていく。
互いにダガーというリーチには相応しくない長さである分殺傷範囲は広い、だからこそ目が離せない。
耳障りな金属のぶつかる音が響きその間を縫うように弾丸の放たれる轟音が鳴り響く。
それもたまたま切り上げた黒の剣で弾けたという、偶然助かったという物。
一瞬のミスも許されない師匠の猛攻、間を縫うようなリティの射撃、そしてティルトさんの視線。
精神がガリガリと削られていくのが自分でも分かった。
何時間にも思える交錯、その最中に師匠のダガーの大振りが見えた
それは右上段からの大振りで姿勢を屈めれば確実に抜けれる角度だった。
「今だっ!!」
姿勢を地面すれすれにまで屈ませ師匠の一閃を避けて超える。
目の前に見えるのはリティの姿、明らかに油断しているように見える、一瞬で距離を詰められれば狩れる、そう確信した。
前に出ようと地面を蹴る、そして視界が歪む、右頬に堅い何かが思い切り殴りつけられた。
「いっ…!」
吹き飛ばされるも姿勢を戻し攻撃を受けた方を見ればそれがなんなのか直ぐに理解できた。
それはティルトさんが構える槍の石突で、確実に罠に誘われ嵌められたのは僕の方だった。
「邪魔を…!」
ゆっくりと穂先を揺らし動きを待つティルトさんに対し僕は真っ直ぐに接近し突きを放つ、が。
揺れていた槍の穂先に刃を巻き取られ跳ね上げられ僕の無防備に腹を晒したその腹に
距離を詰めティルトさんは思い切り蹴りを打ち込む、脚も浮いてしまっている僕に逃げる方法も威力を殺す方法もなくて
ただそれを受け貯めていた空気を吐きだし後ろに転がるしかなかった。
その隙をティルトさんも師匠も見逃すわけがない。
師匠のダガーが投げられティルトさんも距離を詰め槍を構える。
何とか姿勢を正そうと思い切り脚を振るう、脚の鎧に当たりダガーを弾き軌道を逸らさせ四つん這いの状態になる
そして前に飛んでティルトさんの身体に体当たりし体勢を崩させ槍で攻撃できないようにする。
今の攻防で理解する、ティルトさんは相手の動きを読むのが上手い。
それに合わせカウンターが打つ事が出来、下手に攻撃をしてしまえば攻撃を崩されてダメージを負う事になる。
読めない攻撃をすればいいかもしれないが挟まれている、しかも相手がずっと格上であってそんな余裕がない。
しかも遠距離にはリティがいて銃を持っている。
今詰みかかっているのは確実に僕だ。
前門のティルト、後門のコハク、僕の頭の中では最早自分が死ぬ光景しか見えなかった。
師匠がダガーを構え距離を詰めてきた、幾重にもなる剣閃が視界を埋め、それを捌く為にまた剣を振るう。
そして挟むようにティルトさんの槍の突きや横振りが放たれる、それを耳が拾う音だけで判断し躱す。
息が詰まる、腕が重い、思うように動かなくなっていく。
その分槍が、ダガーが掠り傷が増えていく、出血が増えて思考がゆっくり定まらなくなっていく。
そして、ついにリティの弾丸が僕の左腕を撃ち抜いた。
発射され熱された弾丸が灼熱の激痛を与え、僕は声にならない悲鳴を上げ横に飛んで逃げた。
「……………ッ………!!!」
あまりの痛みにぼろぼろと涙が零れる。
決壊した涙は抑え込んでいた恐怖心を膨れ上げさらに強烈に死を強めさせた。
「いやだ…死にたくない…怖いよ…!」
銃弾を受けた左腕を抑え僕は剣を落として背を向けて逃げ出した。
今その精神や思考を埋め尽くしているのは絶対的な死の恐怖だった。
目が良いのを呪った、後ろを向けば師匠やティルトさん、リティが追ってくるのがはっきり見えた。
耳が良いのを呪った、追ってくる足音を正確に、確実に拾ってくる。
力が無い事を呪った、迫ってくる脅威を追い払うことも出来ない。
それどころか怯えて逃げる事しかできない。
不甲斐ない、怖い、死にたくない、苦しい、色んな感情が混ぜこぜになり涙が止まらない。
「やだ…嫌だ…怖い…死にたくない…!師匠!ティルトさん!リティ!執事さん!ハミュー君!皆ぁ!ママ!お姉ちゃぁん!」
返事が無いのも分かっている、無駄だと分かっても声を上げる事を止められなかった。
足に激痛が走る、見ればダガーが足の近くを通り抜けるのが見えついに転んでしまった。
起き上がろうにも足が震えて動けない、視線を上げれば師匠が見える、その手には黒い禍々しいフォトンを纏っていた。
それを叩きつけられればひとたまりもないのは一目瞭然でその後ろにティルトさんが槍と構え走っていて
リティも距離を詰めてきていた。
瞬きの合間で師匠が距離を詰めその拳を振り上げていた。
そして拳が眼前へと迫り視界は漆黒に包まれ
僕の頭の奥で何かが千切れた音がした。





「……あ…れ…?」
視界が戻る、気付けば僕は経っていた、しかし立っている場所が転んだ場所ではない、むしろ最初に戦っていた場所に近い。
そして周りを見れば消滅する師匠とリティのクローンが見えた。
師匠の腹部に黒の、そしてリティの背中に白の剣が刺さっていた。
ティルトさんの顔にも斬られた傷らしいものが見える。
これは…
(これは…僕がやったのか…?)
一瞬の暗闇の中で起きた出来事に理解が出来ない。
しかし、武器がやったのを自分だと証明している。
事態は理解できない、しかし敵はもう一人、生きて帰れるかもしれない光明が見えた。
「…やるしかない…」
その手に吹雪演舞を構える、あまりに重くスピードを殺してしまうためにいつもは使わない武器、
今持つ中で唯一長柄武器、対抗できる武器。
「…舞う…速く、重く…ただ速く、ただ重く、全力で…生き残る…!!」
未来を燃料に力をもたらす、今この瞬間を生きるために。
それに応えるように全身のタトゥーが焼けるような熱を持つ。
「うあぁぁぁぁぁ!!!!」
己を鼓舞し地面を蹴る、距離を互いの間合いまで詰め攻撃を仕掛ける。
ティルトさんの槍を穂先を演舞の刃で叩き落とす。
槍が弾かれ体勢が崩れたのが見える、一歩前に出てその重さを利用したまま横薙ぎをする。
それに合わせるようにティルトさんは一歩下がり弾かれた方に身体を預け回り僕の首を狙う。
それを見た僕は一歩下がりすれすれで穂先をかわし軸をぶれさせない様に演舞を回し振り下ろす。
またそれに合わせティルトさんは一歩前に出て演舞の隙を縫うように突きを放って
それに合わせて身体を捻りかわし槍を叩き落とす。
一歩前に出れば一歩下がり一歩出れば一歩下がる。
僕が振り下ろせばティルトさんがその反動を使って振り下ろしてくる。
ティルトさんが薙いでくればそれに合わせ刃を合わせ流して。


傍から見れば僕らは舞っているように見えたかもしれない。
互いに刃をすれすれにかわし後ろに下がり流れるように打ち込み前に出て。
リーチをねじ伏せる力を技量で躱されカウンターが飛びそれを速さで補う。
一対一でこそ戦える最高の力を出していた。
そして、僕の刃が届いた。
確かな感触、視界はぶれどこに当たったのかは分からない、それでも黒いフォトンが崩れていくのが見えた。
訪れた静寂、負のフォトンで淀んだ空気、それが勝利を教えてくれていた。
「…帰らな…きゃ…」
霞み始めた思考で端末を取り出し救援信号を出す。
視界も霞み力が抜けていきゆっくりと倒れる、ぶつりと暗転した。
どこかで師匠の声が聞こえた気がした。
よくやった、と。







その後僕はメディカルの集中治療室で目が覚めた。
どうやら一週間近く眠っていたらしい。
怪我も多く出血も危険推移、骨も何本もひび。
それでも寝てる間にほとんどが治ったらしい。
それだけ集中的な治療だったのだろうと思った。
家に帰ればママに怒られ泣かれ、部屋に帰ればシェルの説教。
最後の最後までどうやら運がないらしい。

「あぁ…なんてこった…」

そんなこんなで僕の運の無い日が終わった。
もうこんな事が無い事を祈りたい。
切にそう願うばかりだった。






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トラウムデス。
たまたまTA中にアブダクションされてしまい思いついてしまい
書いてしまいました…
後悔も反省もしてますがまた書いてやろうとか思ってます。
ご協力いただきました方に心より感謝を。
ありがとうございました…!!

  • 最終更新:2017-04-20 02:14:53

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